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マーティン・セリグマン博士が語る パンデミック下におけるポジティブ心理学の活用と最新の研究(前編)

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129年の歴史を持つ、アメリカ最古で最大の心理学者の団体である「American Psychological Association(APA)」は、心理学の知識を活用した様々な社会貢献活動を行っています。そのサイト(https://www.apa.org/topics)を一度訪れてみてください。職場の課題から移民問題までと、心理学を応用できるフィールドの広さに驚くでしょう。

そのAPAが週に1度配信するポッドキャスト「Speaking of Psychology」に、「ポジティブ心理学の父」として知られるマーティン・セリグマン博士がこの度登場し、コロナ禍におけるポジティブ心理学の役割について語っています。セリグマン博士はワンネス財団とも大変縁が深く、GIVENESS INTERNATIONAL及び株式会社YeeYと共に、2度に渡って日本にお招きしています。

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実はこの収録が行われた当時、セリグマン博士自身、新型コロナウィルスの治療を終えたばかりでした。実は落ち込みがちで悲観的なセリグマン博士が、コロナウィルスに対する不安と向き合いながら、それでもいかに未来に希望を抱き続けることができるかについて語っています。

ここでは本インタビューのダイジェストを2回に分けてご紹介します。第2部ではセリグマン博士が今一番エネルギーを注いでいる最新の研究についてお伝えしますので、お楽しみに。

マーティン E. P. セリグマン(心理学 博士)プロフィール:
ペンシルバニア大学ポジティブ心理学センターディレクター。同大学心理学部ゼラーバッハファミリー財団教授。ポジティブ心理学、レジリエンス、学習性無力感、抑うつ、楽観性、悲観性の分野の第一人者。これまでに350以上の学術出版物と30冊の本を執筆。1998年にはAPAの会長を務め、その間、科学的研究の一分野としてポジティブ心理学を推進。新たな学問領域の確立に貢献。ワンネス財団、株式会社YeeY、GIVENESS INTERNATIONALの招聘で2018年、2019年に日本でのセミナーを実施。

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*聞きてキム・I・ミルズは、APA戦略的外部コミュニケーションおよび広報のシニア・ディレクター(以下M)


M:過去20年間で、ポジティブ心理学は世界的なムーブメントと言われるまでに成長しました。ポジティブ心理学は、個人や社会の繁栄を可能にする強みを科学的に研究する学問です。では、現在のパンデミックのような厳しい状況において、ポジティブ心理学は個人や社会の繁栄をどのように説明するのでしょう。また、もともと楽観的でない人が楽観的になるために何ができるのでしょう。ポジティブになることで、例えばウィルスへの抵抗力が高まるなどの具体的な効果があるのでしょうか。セリグマン博士にお聞きします。セリグマン博士、「Speaking of Psychology」にようこそ。

セリグマン(以下S):お招きいただきありがとうございます。

M:最初の質問です。COVID-19が確認されてから1年以上が経過しました。ワクチンの普及に希望も見えてきましたが、多くの人に行き渡るまでには時間がかかりそうです。これから冬を乗り越え、ワクチン接種できるまでの数ヶ月間、ポジティブ心理学の知識をどのように活用することができるでしょうか?

S:COVID-19に対してポジティブ心理学が貢献できることはたくさんあります。その話をする前に、個人的な経験をお話ししましょう。実は今年のサンクスギビングデー(収穫感謝祭の祝日)に家族全員が全国から集まるという過ちを犯してしまい、妻と私、そして5人の子どもたちがCOVID-19に感染するという事態を招いてしまいました。1週間前に17日間の隔離生活を終えて戻ってきたばかりです。私自身3月からずっと自主隔離をしていますが、ワクチン接種が受けられる次の3月までは、まだまだ我慢しなければならないようです。

これからCOVID-19がもたらす試練にポジティブ心理学をどう活用するかの話をする前に、ウェルビーイングの種類について知っておくことが大切です。まず一つ目は、笑顔、喜び、陽気さ、明るさ、幸せなどのポジティブ感情。もう一つ目は、楽観性、前向きさ等、感情ではなく認知に関わるもの、いわば希望です。これらはどちらもポジティブなものですが、病においてはもたらす効果が異なります。

風邪のウィルスの一種であるライノウィルスを用いたこんな研究があります。被験者に300ドルを支払い、鼻にウィルスを入れ2週間隔離するというものです。研究者はウィルスを入れる前に、被験者の楽観性、陽気さ、ポジティブ感情、ネガティブ感情等について診断し、誰が風邪を発症し重症化するかを調べました。その結果は、楽観性の研究者の私にとって大変興味深いものでした。楽観性は風邪を発症するかどうか、そしてどれくらい長引くかに全く影響が無かったのです。一方で、明るく陽気で高いポジティブ感情を持つ被験者が風邪を発症する確率は、そうでない被験者の約半分で、症状が持続する期間も短く、より軽度なものであるということが明らかになりました。

この結果が伝える最初の教訓は、ワクチン接種までマスクをして、ただおとなしく過ごすのでなく、できる限り日々を楽しむことが大切だということです。もちろん行動が制限されている中で難しい部分もありますが、ダンス、歌、セックス、質の良い食事など、家でできることはたくさんあります。私たちは子犬を飼い始めました。Zoomの授業では学生たちと踊っています。ポジティブ心理学分野のたくさんのサイトでCOVID-19の予防に効果をもたらすアクティビティが紹介されていますので、是非試してみてください。

では、風邪が完治した後は何が重要だと思いますか?病から立ち直り、生産的な活動を開始したり、リーダーシップを発揮したりした人はどのような人でしょうか。実はここでは、陽気さと明るさの影響は確認できませんでした。代わりに、楽観性と希望の有無が鍵であることがわかったのです。未来には良いことがあると信じ悪いことは無くなると考えている人、悪いことがあってもそれは一度きりでなんとかできると考える人は、そうでない人と比べてより生産的で、健康で、良いリーダーだったのです。ですからここでの一番のポイントは、パンデミックの間はとにかく可能な限り楽しい時間を過ごすこと。そしてパンデミックが終わったら、立ち上がり良い未来へと進むために、楽観性と希望を抱くことです。

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M:では、質問ですが、もともと楽観的で無い人が楽観的になろうと努力した場合、性格を大きく変えるまでに至るのでしょうか?楽観性は努力で身につけられるのでしょうか?

S:そうですね。私自身が良い例です。私はもともと落ち込みやすく悲観的です。薬も飲んでいます。私が勧めることはすべて自分自身で実践していますし、家族もやっています。ポジティブ心理学の介入方法について良いアイデアが浮かんだらまずは自分で試します。それで効果があったら妻に試して、次に7人の子どもたち、そして学生にも試し、研究結果にまとめるのです。それらを通して分かったことは、悲観性は楽観性に変化させることができるということです。その方法を紹介しましょう。
まず、心配なことがあったら、それについて最も悲観的で破滅的な状況を想像します。そして最も悲惨な状況を特定できたら、あなたを失意のどん底に陥れようと意気込んでいる人に「あなたの結末はこうですよ」とその悲惨な状況について伝えられたと想像するのです。そしてその人に対して反論します。

私が今回のCOVID-19感染で実際にやったことを例としてお伝えしましょう。17日間の療養生活を終えて自宅に戻った時、私は自分が受けた治療には全く意味がないと感じていました。私は78歳で、若い人と比較するとCOVID-19で死ぬ確率は222倍高いのです。またいつ感染するか分からないし、もう死んでもおかしくない。これが、私が思い浮かべた一番破滅的な状況です。

次に行うのは、破滅的とは対極にある状況を思い浮かべることです。起こりうる最高な状況とはどのようなものでしょう?COVID-19にはもう感染しないし、素晴らしいワクチンが開発されたし、1月になったらすぐに接種をすればもう大丈夫、という状況です。これで最悪のシナリオと最善のシナリオが揃いました。そして最後に行うのは、一番現実的なシナリオを描くことです。

さて、一番現実的なシナリオはと言えば、まずワクチン接種は春までは無理でしょう。ということは春までどう過ごすかについて計画を立てなければなりません。授業はすべて家から行い、外出は控えるべきです。向こう3ヶ月間はまだまだ油断できない状況だけれど、注意していれば感染を防げる。これが一番現実的なシナリオです。

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M:これは誰でも実践できて効果が得られそうですね。話は変わりますが、パンデミックの子どもたちへの影響はどうでしょうか?学校生活や社会生活の乱れ、その他の経験が長期的に子どもたちにどのような影響を与えるのでしょうか。子どもたちのウェルビーイングのために、親や教育者、その他の人たちにアドバイスはありますか?また子どもたちに楽観性を身につけさせるのはどうすれば良いのでしょう?

S:そうですね。大人に効果があることは子どもにも効果があります。悲惨な状況を思い浮かべてそれに対して反論するという方法は子どもにも勧められるものです。しかし、学校や友人から1年以上も離れるという経験は本当に大変です。ですからここでもやはり楽観性が必要です。パンデミックが終わったら何をするかに意識を向けるのです。

しかしここでパンデミックを受けて、私が未来をどのように捉えているか、一般的な話をさせてください。私は、今世界は何かを生み出そうとしているのだと考えています。そしてこのパンデミックを通して私たちは、何を維持し何を捨て去るのかを学ぶのです。ここで子どもたちや私たちの未来について2つの見解をお話します。これを「イェイツ対ジュリアナ」と呼ぶことにします。

イェイツ(アイルランドの詩人ウィリアム・バトラー・イェイツ)は100年前の詩『The Trouble』の中でこのように問いかけています「どんな凶暴な野獣が今ベツレヘムで生まれようとしているのだろうか」。これは、世界は、今の状況よりも更に悪い状況になるという悲観的な見方を象徴するものです。イェイツの見解は非常に悲観的で、もしこれに浸りたければニューヨーク・タイムズを手に取れば良いでしょう。(笑)

一方、ノリッジのジュリアナ(イングランド王国の神学者)が黒子病が蔓延する最中に書いたことを紹介します。その前に、黒子病がどのようなものか知っていますか?私たちが直面しているパンデミックよりもっと悲惨で、ヨーロッパの人口の三分の一がこの病気で失われています。セーフティーネットが全く無い時代です。最悪な時代でした。そんな中ジュリアナはイエス・キリストの言葉として苦労、嵐、病気が起こっても、全てはうまくいくだろうと伝えています。

これは私たちが未来に対して抱くジレンマと重なります。凶暴な野獣がベツレヘムで生まれ世界を征服するのか、それとも全てがうまくいくのか。私はイェイツとジュリアナの見解はどちらも自己実現的なものだと捉えています。信じていればそうなるのです。ですから私たちに必要なのは楽観性、そして未来への計画と希望なのです。

ワンネス財団HP:https://oneness-g.com/

Speaking of Psychology: Positive psychology in a pandemic, with Martin Seligman, PhD Episode 125 — Positive psychology in a pandemic
https://www.apa.org/research/action/speaking-of-psychology/positive-psychology
(寄稿:泉谷道子 - 心理学博士)

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