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ホースセラピーがもたらすメンタルヘルスへの効果

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昨年に続き、コロナ禍の中、屋外でのレジャーに注目が集まっています。キャンプやバーベキューを満喫し尽くしたら、そろそろ馬との時間はいかがでしょう。

全国の遊びや体験を予約できるサイト「アソビュー」によると、日本には乗馬体験ができる場所が約370箇所もあるのですね。「乗馬」というとちょっとハードルが高いイメージですが、馬が私たち人間にもたらすものは想像以上で、それらは馬と触れ合ったり(文字通り)、餌をあげたりするだけでも伝わり、人の心に作用すると言われています。

今回は20年以上に渡りニューヨークを拠点に情報を発信し続ける、医師やメンタルヘルス専門家集団「Verywell Mind」のサイトより、ホースセラピーの効果についてまとめた記事「Using Equine Therapy as Mental Health Treatment​​」をご紹介します。メンタルヘルスの専門家を介した活動と、ただ馬と触れ合うことはもちろん同じではありませんが、目まぐるしい日常の中で自分を見失いそうになっていたり、先の見えない状況で不安に押しつぶされそうになっている人にとっては、解決のヒントにもなるかもしれません。「まずは馬に会いに行こう!」と、きっと思うはずです。

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まず、ホーセラピー(英語ではEquine Assisted Therapyと言います)とは、一言で言うと馬を用いた心理療法で、専門家とのセッションの中で、クライアント(心理療法の対象者)は馬の世話や誘導を行い、感情のコントロール、自信、責任感を身につけていきます。

馬は古代ギリシャの時代から治療目的で使用されたと言われていて、「医学の父」として知られるギリシャの医師ヒポクラテス(紀元前460-紀元前370頃に生きた)も、乗馬による治療の可能性について記しています。一般的に普及したのは1950年代から1960年代と言われており、その頃アメリカでは、北米障害者乗馬協会(現:国際治療馬術協会 PATH)が設立されました。

ホースセラピーは、あらゆる年齢層を対象としており、個人だけでなく、家族やグループカウンセリングとしても実践されます。そして、その最大の特徴はやはり屋外という環境です。通常の室内で行われるセラピーとは異なり、自然環境の中で馬と触れ合うことで、クライアントの心は開かれ、辛い感情や過去の経験を処理することができ、結果的に以下のような効果が生まれることが、研究で明らかになっています。

ホースセラピーがもたらすメンタルヘルスへの効果-03

・アサーティブネス(自分と他者を尊重した自己表現や自己主張)
・自信を持つこと
・人間関係づくりと維持
・感情への気づき
・共感
・衝動的な行動のコントロール
・問題解決のためのスキル
・ソーシャルスキル
・他者への信頼
・自分への信頼


心理療法には様々な動物が用いられますが、馬の効果が注目されるのはなぜでしょうか。

セラピーにおいては、クライアントが心の奥底にある傷や辛い経験を探求できるように、安全な環境を提供することが重要ですが、自分の考えを率直に話すことに抵抗を示すクライアントは少なくありません。クライアントが専門家を信頼し、安心して自分の弱さをさらけ出せるようになるには時間も必要です。では、そこに馬が存在すると何が起こるのでしょう。不安症の専門家であるRobin Zasio博士は、馬が持つ力を以下のように説明しています。

馬は鋭い観察力を持っていて、人の感情を敏感に感じとります。そして判断や偏見の無い形でそれらを映し出します。その馬の反応に人は安心感を抱き、相互作用を繰り返しながら、やがて自分自身への理解を深めていきます。

また、感情的な問題や過去の経験に向き合おうとする時、私たちは自分の弱さに直面し、言葉で表現することの難しさを知ります。しかし、馬と行動し、馬の経験を語ることを通して自分の辛さを外に出していくことで、抱えていることの処理が容易になっていきます。

馬に餌や水を与え、運動させ、手入れをするだけでも、問題の治癒につながります。世話や馬を育てる行為によって日々の生活パターンが整えられエンパシー(共感性)が養われるのです。

ホースセラピーがもたらすメンタルヘルスへの効果-01

ここでは、心の問題として特に一般的な、不安障害、PTSD、依存症(依存している状態)、ADHDの改善に、ホースセラピーがどのような効果を示すのか、研究によって明らかにされていることをご紹介します。

① 不安障害 

不安障害を患っている人は、米国だけで1,700万人以上に上ると言われています。不安を抱えている人の多くは、過去への不安や未来への恐怖にとらわれていますが、馬と一緒に行動することで、クライアントは「今に存在し、目の前の課題に集中する」ことができます。

馬は被捕食動物という性質上警戒心が強く、行動や感情に敏感なため、危険を素早く察知して反応し、必要であればその場から逃げ出します。不安に悩むクライアントは、このような、馬の危険に対する敏感な反応と逃げ出す能力に自分自身を見出したり、共感を示します。また、馬の行動について語りながら自分自身の不安についても共有することで、抱える課題に対処できるようになります。

不安障害の治療にホースセラピーを用いることのもう一つの利点は、クライアントが安全な環境で自分自身をさらけ出すことができる点です。専門家の助けを得て馬との対話に慣れると、自分の快適ゾーンから一歩踏み出すことができます。その後恐怖の克服やチャレンジを経て、課題に対する洞察を深め、解決行動へとつなげていきます。

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② PTSD

PTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)は、「死の危険に直面した後、その体験の記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックのように思い出されたり、悪夢に見たりすることが続き、不安や緊張が高まったり、辛さのあまり現実感がなくなったりする状態」(厚生労働省ウェブサイトより)です。米国では、18歳以上の770万人がPTSDを患っていると推定されており、人口の8%程度に発症するという調査結果もあります。世界保健機構(World Health Organization;WHO)​​の調査によると、日本でPTSDを発症する人は、1.1~1.6%とされていますが、20代から30代前半では3.0~4.1%で、少し高くなっています。

PTSDを引き起こす出来事は様々ありますが、性的暴行を受けた経験のある人や戦地を経験した退役軍人の発症率が高い傾向にあり、米国では退役軍人のPTSDの治療にホースセラピーを用いるケースが増えています。

乗馬インストラクターであり臨床心理学者でもあるTess Hassett氏は、ホースセラピーを用いた退役軍人の治療について、以下のように述べています:

「退役軍人の多くは、PTSDやうつ病を経験した後、再び誰かと結びつき、個人的なつながりを感じられるようになるとは想像していなかったと語ります。しかし、馬と一緒にいると、そのようなつながりを感じることができるようになっていきます。そして、その経験をその後の人生や人間関係に生かすことができるのです」。

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③ 依存症(依存している状態)

米国では、薬物やアルコールの依存症が増加し続けています。米国疾病予防管理センター(CDC)の推計によると、2017年には7万人以上が薬物の過剰摂取により死亡しています。

依存症治療の最終的な目標は、クライアントが回復し、健康で生産的な生活を送れるようになることです。その過程において、家族やパートナー等、身近な他者との人間関係の傷を癒すことは大切な要素で、他者を信頼し、自分自身の弱さを受け入れて克服し、効果的なコミュニケーション力を身につけていくプロセスが欠かせません。このプロセスに馬との触れ合いが効果をもたらします。馬はクライアントに安心感を与え、やがて相互作用の中で信頼が育まれます。それはクライアントが無防備になることを促し、他者に自分を開いていく練習になるのです。

④ ADHD

注意欠陥・多動性障害(ADHD)も、馬による心理療法が有効な分野のひとつです。ホースセラピー研究の先駆者の一人であるKay Trotter博士は、治療に馬を用いることによってポジティブな行動が著しく増加し、ネガティブな行動が減少することを発見しています。明らかになった効果には、自尊心の向上、日常生活や環境への適応力の向上、集中力の向上、ストレスの少ない交友関係づくり、攻撃性の減少が挙げられています。

これらの鍵となるのは、馬との関りの中でクライアントが感じる達成感です。意識をしっかり向けることで、600キロ以上もの大きさのある馬が自分の感情や行動に反応し、思った通りに行動する様子を目の当たりにした時、意識を集中させた時に生まれる自分の力を信頼できるようになるのです。


最後に

冒頭でも述べましたが、ホースセラピーとただ馬と触れ合うことは全く異なります。ホースセラピーには特別な訓練を受けた専門家の存在が欠かせませんし、身体と心に深刻な問題を抱えている場合、どのタイミングで馬と関わるかも治療のためには大事なポイントとなります。また人によっては、動物との触れ合いそのものにトラウマを抱えていたり、大きな生き物に恐怖心を感じることから、返って抱えている問題を悪化させてしまう可能性があることも留意すべき点です。しかし、深刻なケースでなければ、心の癒しを求めて馬とゆったりした時間を過ごしてみることはおすすめです。行き詰まったように見える家族や友人を誘ってみるのもいいかもしれませんね。

(寄稿:泉谷道子 - 心理学博士)

*本記事は以下の翻訳文をまとめ、筆者が加筆したものです:

“Using Equine Therapy as Mental Health Treatment - What Horses Bring to the Therapeutic Process-” (2020) By Jodi Clarke, MA, LPC/MHSP Medically reviewed by Steven Gans, MD 

https://www.verywellmind.com/equine-therapy-mental-health-treatment-4177932#citation-2






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