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キナコさんと誕生日

『愛と家事』を知ったのは、キナコさんが書いていた日記に貼られていた新聞の切り抜きがきっかけだった。

娘家族と同居することになってから、毎日肩身狭そうに食卓についていたキナコさんが、新聞を切り抜いて自分の日記に貼っていた、という事実に驚く。でもまぁ、あの人ならコッソリやりそうなことではあるなとも思う。
『愛と家事』を自分で読むのか、あるいは母に、私に贈りたいと思ってくれていたのかは、わからないけれど。でもまさか死んでから孫に日記を読まれることになろうとは思ってなかっただろうなぁ。どうなんだろう。

『愛と家事』が商業出版されたのが2018年1月で、キナコさんが亡くなったのが2019年4月18日だから、ほんの少し時がズレていたら『愛と家事』を知ることも読むこともなかったと思う。
キナコさんが書いた日記は、ノート1冊分だけだった。2冊目は「ノートを買って欲しい」と言えなかったのか、もう書く気がなかったのか。それももう分からない。

キナコさんは私が中学に上がるまで、毎年誕生日に本を贈ってくれた。
本の裏表紙を開いたところに小さく「ゆきちゃん◯歳の誕生日おめでとう」と書いてくれた本が届くたびに複雑な気持ちになった。
その一見あたたかな言葉と、会ったときの厳しいキナコさんの印象が一致しなかったから。
それでも毎年贈られてくる本はおもしろかったし、幼心にもうっすらと愛情のようなものを感じて、その本たちを捨てることはできなかった。

私が小さい時にずいぶん歳が離れた夫を亡くして(それも再婚相手だった)、それからずっと一人で暮らしていたキナコさん。私にとっては時々やってくる「怖い方のおばあちゃん」で、ずっと馴染めなかった。
そのキナコさんと同居することにした、と母から宣言され、その数週間後に「お世話になります」と小さくなったキナコさんが本当にやってきた。

当時の私は「遅くやってきた反抗期」といったらやさしいくらいの、くっきりとした「憎しみ」を母に対して感じていた。生まれて初めて母の言葉に言い返したときからタガが外れたように酷い言葉を言えるようになり、いわゆる「毒親」本を手当たり次第に読んでいたころだった。

そんなときにキナコさんがやってきて、家の空気が良くなるはずがない。
『愛と家事』の新聞の切り抜きが貼ってあったキナコさんの日記の日は、確か母の言葉に私が言い返して、食卓で私がわんわん泣いた日だったと思う。もう、園子温の『紀子の食卓』よろしく、悲惨な食卓だった。

その年の秋に無事私は家を出て、次の年の正月に父方の祖母が亡くなり、翌月キナコさんが倒れた。通っていたデイサービスで食事をのどに詰まらせて昏睡状態になり、そのあと意識が戻ってももう話せる状態ではなくなっていた。
キナコさんが動かす口の動きに合わせて、相槌をうつのが精一杯だった。あんなに憎んでいた母と、その母であるキナコさんを、もう憎めなくなっていた。

キナコさんが急性病棟から療養病棟に移ったとき、圧倒的な死の匂いを感じて涙が止まらなかった。そして同時に「私はこのときのことを、いつか必ず文章にしよう」と思った。まだ書く仕事もしておらず、こんなことを思ったのは初めてだった。

何度かお見舞いに行っても会話らしい会話はできず、日に日に弱っていくキナコさんをみながら、私は何に怒っていたんだろう、と思っていた。
小さい頃に満たされなかったことへの反抗なのか、女性らしさや「お姉ちゃん」を押し付けられたことへの嫌悪だったのか。たとえ全部だったとしても、それがキナコさんのせいじゃないことも今なら分かる。

4月の朝、キナコさんが亡くなったと連絡が入った。晴れた日だった。キナコさんは朝日を見ただろうか。


なぜ、今になってこんなことを思い出しているのかというと、今日が私の誕生日だから。

そして今日、『愛と家事』を書いた太田明日香さんのZINE『書くことについてのノート』を読んだから。

『書くことについてのノート』については、また改めて書きたいと思っているのだけど。ひとつだけ今日決めたのは、これからは自分を喜ばせるものを書くことを許そう、ということ。

先日ある人に「自分が言いたいことを書きたいのなら、ブログにでも書けばいい。私がやりたいのはそういうことじゃない」ということを言ったばかりなんだけど、撤回します。

言いたいことを書いていい。もっと言うなら、言いたいことを書いて、自分を楽しませたいし、喜ばせたい。

一番の読者である、自分を信じること。36歳からは自分のために書きたい。

「自分のものを読みたい読者がいることを信じればいいのです。書いていれば誰かが読んでくれるのです。書き続ければ、読み続けてくれる人が出てきます。そして、読者の存在を信じるためには、書くしかありません。」

『書くことについてのノート』太田明日香


なんのために書くのか?

今のところの答えは、
言葉が持つ力を信じているから。

36歳初日現在は、そう思っている。
一番の読者である私をたくさん楽しませて、たくさん喜ばせる一年にしたい。



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