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踊るおじさんと眠れぬ夜

理由わけはなくとも眠れない夜がある。

「考え事をして」「運動しまくって」といった類の眠れなさは辛いことこの上ない。

だがしかし、決定的な理由も無しに眠れぬ夜もまた、それなりにしんどいことも確かなのである。

後日ホルモンバランスの関係や感情が消化しきれずにくすぶっていたことなどに気付いても、全身のだるさは数日続くから厄介なのだ。

その日もそんな夜だった。




日付が変わってもやってこない睡魔にしびれを切らした私は、眠ることを一旦忘れるためにテレビのリモコンへと手を伸ばした。

眠れる民をおもんぱかり音量ボタンの-を連打していると、イッキ見!と踊り狂うMAXと目が合う。どうやら見逃し配信サービスの紹介をしていたらしい。

REINAの視線に照れながら番組表を覗くと、こんな文字が目に入ってきた。

『ハッチポッチステーション』


──は、はい?

何度見ても、表示されていたのは同じ文字。
しかも、その次の番組は『クインテット』
懐かしさと笑いがこみ上げてくる。
無論、迷うことなく録画ボタンを押した。




キュィィン!と録画開始音が鳴り響き、階段を駆け上がるジャーニー君が映し出される。なんともチャーミングだ。

幼少期はおもしろ料理おじさんと認識していたグッチさんが、ムーディーな照明の下で『夜空ノムコウ』を口ずさんでいる。
やっぱり歌もうまいんだな。

わちゃわちゃと前半が終わると、『WHAT'S ENTERTAINMENT?』のコーナーが始まった。悪めのパペットと共に現れたのはマイケルハクションで、音源は『Beat It』なのに『やぎさんゆうびん』を歌い出す。

最早どこにツッコめばいいのか分からない。

追い打ちをかけるようにキレキレダンスを繰り広げるハクションを見て、私の腹筋と表情筋は音を立てて崩壊した。痛い。痛すぎる。

深夜のグッチ、かなりデンジャラス!




5分近く声を潜めて笑い続けていると、いつの間にか『クインテット』が始まりだしていた。はっ!にっ!ほへっ!というオープニングが懐かしい。

うわー!みんな全然変わってない!

まるで旧友と再会を果たしたかのように、
パペットとアキラさんを見て瞳を輝かせる。
幼い頃、よく歌いながら手を洗ったものだ。

笑いを交えて童謡やオリジナル曲を歌う彼らも、番組終盤になると本領発揮と言わんばかりに素敵な五重奏クインテットを繰り広げるのだが、これがまた格好いい。

”彼ら”の技術は細部に至るまで見る者を楽しませてくれる。日常を表す所作はもちろんのこと、楽器を弾く指一つとっても繊細な動きで見惚れるくらい美しい。

コンサートの余韻を静かに味わっていると、いい感じに眠気を催してきた。




それにしても、布団にくるまれ微睡む時間はどうしてこうも心地好いのだろうか。
五重奏の残響が私を夢の世界へと誘おうとしている。

今思えば、いつの間にか虜になっていた弦楽器や洋楽好きの原点は両番組だったのかもしれない。

「音楽の父=バッハ」ではなく、私にとっての父はグッチさんとアキラさんだったと気付き、思わずふっと笑みがこぼれた。

そんなことを考えていたからだろうか、
再びマイケル……もとい、グッチのワンマンショーが脳内で始まった。

もう少しで本格的に眠れそうだったのだが、どうやら踊るおじさんは私を寝かしてはくれないらしい。

ゆうびーん!ゆうびーん!という甲高い声だけが宵闇の中で鳴り響いていた。

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