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ヒーロー(短編小説2)

「なぁ、菊田ってさ、将来何がしたいの?」

袋に入れたサッカーボールを
小さくぽんぽん蹴りながら啓介は言った。

んー?と、
聞いてるのか聞いてないのかわからないような態度で
蝶々を目で追っている菊田は、いつも脳天気だ。

もうすぐ高校卒業。

皆が進路に悩み、
将来のことを考え、ちょっぴり憂鬱な午後を過ごすのに
菊田の周りだけはいつも
お花畑が広がっているかのように、のほほんとしていた。

「そうだなあ、、わからないなー」

そう言って菊田は、にっこりとはにかんだ。

そんな笑顔を向けられても、
答えになってねーよ、と啓介は思った。

それでも真剣に悩んでる自分が
どこか馬鹿馬鹿しくなってくるから、不思議だ。

突然、隣にいた菊田が全力で走り出した。

なんだ?と思えば
数メートル先で転びそうになっていた
おばあちゃんを支えていた。

啓介は、「あ、、」と思う。

自分はいつも、目の前のことを見ていない。
将来ばかり、模索して。

菊田の近くにいると、そんなことを生き様で気づかされる。

「ありがとう」

おばあちゃんは、ほっとした様子で、そういっていた。

菊田はこちらへ戻ってきながら

「あー、ごめん、で、なんだっけ?」

といった。

「いや、なんでもない」と啓介は言った。

一瞬、バチッと目があった後

「俺さー、ヒーローになりたいんだよね」

突然、菊田はいった。

は?ヒーロー?
高卒を控えた俺らのいうことかよ。

という思考が一瞬よぎったが

今まさにおばあちゃんを助けたこいつは
まさにヒーロだった。

彼の将来は、今ここにも、すでにあるようだ。

「うわっ、え?ちょっ、、、」

何やら隣が騒がしいぞ、と思って
啓介がそちらへ視線を向ければ

たまたま今日、そこに置かれたらしい看板の足につまづいて、
菊田は転んでいた。

「イッテー、転んだー」

「、、、。」

啓介は黙って、右手を差し出す。

当たり前のようにその手をとって立ち上がる啓介は

やっぱりにっこりとはにかんでいた。


おしまい


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