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メッセージ(短編小説22)

春と娘の真奈美と、息子の隆が3人そろってテレビを見ているとき
ピロロロン♪と音が鳴って画面の上の方に一報が入った。

「歌手のアイさんが、暴行の容疑で逮捕されました」

春は一気に、テレビ番組の内容が目に入らなくなり、しばらくフリーズする。こどもたちはそんなことはなく、相変わらずテレビの内容に熱中している。

歌手のアイさん。
彼女といえば、春が生まれるちょっとまえからシンガーソングライターとして活躍していて、今も世代を超えて多くの人にその歌声とメッセージが届いている超有名な存在だ。

人々の心を応援するような歌詞が溢れる彼女の歌とその存在は、人々にとって尊敬の対象で、「アイさんみたいになりたい」と歌手を目指す子も多くいるし、「アイさんの歌に励まされて今生きれている」という声も決して少なくはなく、最近はデビューから20年以上活躍していて、歌手活動のピークを過ぎ、規模が縮小してはきているものの、その声は本人にも届いているはずだ。一般的に見れば、まぎれもなく人格者であり成功者のように春には思えていた。

ーなのにどうしてー

ーなぜ暴行なんてー

フリーズしている母親に気づいたのか、真奈美と隆はテレビを見るのをやめて春のことを凝視している。

「まま、どうしたの?テレビつまんなくなっちゃったの?」

今年5歳になる隆が、そう声をかけてきた。

「あ、ううん。ママの知ってる人が逮捕されちゃったって知ったから、ちょっと、びっくりしたの」

「たいほ?つかまったの?なんで?」

「あ、なんか、暴力をふるっちゃったんだって。ママが生まれる前からとても有名な歌手の方でね、とっても素敵な歌を歌ってるから、なんでかな、ってわからなくて」

すると高校生の真奈美が

「その人、私も知ってる。今、特別流行ってるってわけじゃないけど、世代関係なくみんなが知ってそうな人だよね」

と言う。

ー最近そんなに第一線で活躍しているわけじゃないし、若い子たちもどんどんでてきてるから、ストレスやプレッシャーでもあったのかなー

そんなつぶやきも聞こえてくる。

春も、さっき同じようなことを想像した。人気絶頂期をすぎて活動していく歌手の気持ちを勝手に憐れんでしまったのだ。

そのとき

「ちがうよ」

母親とお姉ちゃんの会話を聴いていた隆が、はっきりと、そういった。

「その人の歌、もう一度ちゃんと聴いて、っておそらがいってるよ。そのために、手段は選ばないで、何らかの形で大きく注目される必要があったんだと思う。」

春はハッとする。

確かに、逮捕という形は望ましいものではないが、その影響で多くの人々の意識がアイさんの人生や歌に再度、再注目する流れが今、出来上がっている。

ーおそらがいっているー

息子の隆はたまに、こんな風に不思議な視点でものをいう。
春も真奈美もアイさんに対して勝手な憐れみを押し付けて同情しただけだったのに、隆は、この出来事が自分たちにとって何を伝えたいのか、どんなメッセージがあるのか、を感じ取ろうとする。

それは情ではなく、どこまでもアイさんの光をみるという、
愛の視点に感じた。

春は、アイさんの歌をもう一度聴いてみよう。そう思った。

おしまい

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