台風に負けない!「復興ピアノ」の音色

長野市長沼にある農産物直売所「アグリながぬま」の店内に置かれた1台のピアノ。
このピアノは、令和元年東日本台風の被害に遭いながらも見事に復活を遂げた「復興ピアノ」です。

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被災当時、ピアノは鍵盤の高さまで水に浸かり泥まみれだったそうです。長野市内に本社を置くピアノ専門店「サンピアン」さんが、弦の交換から塗装まで修復し、「復興ピアノ」として蘇らせてくれました。
被災の記憶を風化させないため、多くの人たちを励ますために「アグリながぬま」に復興のシンボルとして設置され、その後「復興ピアノ」の噂が広まり、今では「ストリートピアノ」として各地に姿を見せ、多くの人に親しまれています。

長野デザインウィーク×ながのエールフェスタ2020

2020年11月から2021年3月まで長野市内で開催されている「長野デザインウィーク〜善光寺表参道イルミネーション〜」「ながのエールフェスタ2020」が連携し、期間中に開かれる各種イベントのなかでも「復興ピアノ」は活躍しています。

新そばと食の市

2020年11月7日(土)に開催された「新そばと食の市」にも「復興ピアノ」はストリートピアノとして、ながの表参道セントラルスクゥエアのステージに登場しました。

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この日、1番最初にピアノを弾いたのは、長野県PRキャラクター「アルクマ」。鍵盤は弾けていませんでしたが、そのかわいらしい姿は会場内を笑顔にしていました。
その後、ふらっと立ち寄って鍵盤を叩くお客様や、演奏を目当てに楽譜を持参してこられたお客様など、多くの方が「復興ピアノ」に親しんでいました。

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この日、なかでも1番印象的だったのが、大学生くらいの女性が「ラジオ体操」の曲を演奏。その瞬間、会場内にいた多くの方がラジオ体操をし始めて、会場が1つになりました。 
夜には、表参道イルミネーション点灯式でプロのピアニストによるの演奏が行われました。

ごん堂秋葉ベース

2020年11月8日(日)に開催された「ごん堂秋葉ベース」でも、ミュージシャンのミニコンサートやストリートピアノとして活躍。

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長野市役所「市民交流スペース」

2020年11月10日(火)から12月3日(木)までは、長野市役所第一庁舎「市民交流スペース」でストリートピアノとして設置されました。

善光寺イルミネーションイベント

2020年12月5日(土)、6日(日)に開催された、善光寺イルミネーションイベントでは、善光寺山門に「復興ピアノ」が設置され、プロのミュージシャンによるミニコンサートやストリートピアノとして活用。幻想的なイルミネーションで光る善光寺に復興ピアノの音色が響いていました。

5日の点灯式後にストリートピアノとして開放された瞬間、周りにいた多くの人たちが「待ってました!」とばかりに「復興ピアノ」に集まり、次々とピアノを弾き始めました。

ピアノを弾く前に、お母さんと「復興ピアノ」について解説するパネルを熱心に読んでいた小学生の男の子が、素敵なクラシックを奏ではじめ、会場にいた誰もが足を止めて聞き入っていました。

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「復興ピアノ」について感想を聞いてみると、

「いつも弾いているピアノよりは、鍵盤がちょっと硬かったです。でも、一度壊れたピアノが復活したのは、すごいと思いました」

と、満足した様子でした。
その後も、順番待ちの行列はどんどん長くなり、「復興ピアノ」の音が止むことはありませんした。
弾き終えた人からお話を聞くと、

「いい思い出になりました。善光寺でピアノが弾けて一生の思い出です」

「復興ピアノと聞いて、復興の願いを込めてピアノを弾きました。前回の御開帳の年に四国から長野に移り住んで、思い入れのある善光寺でピアノを弾くことができて本当にいい思い出になりました。」

と、誰もが笑顔でお話をしてくれました。

風化させないのは、台風災害前の思い出

「復興ピアノ」は、もともとどこの誰が所有していたか、わからないそうですが、このピアノには所有されていた方の思い出がたくさん詰まっていたと思います。
それが今、被災を乗り越え、たくさんの人たちが弾いてくれることによって、ピアノも「台風被害に遭う前の大切な思い出」が消えることなく、「これからの新しい思い出」もつくっていける喜びを感じてくれているのではないかと感じました。

人と人がつながり、多くの想いが込められ続ける1台のピアノから、本当に忘れてはいけないのは、台風被害の「爪跡」ではなく「思い出」なのだと、教えられました。

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