ウルトラマラソンのレース戦略を栄養の観点より考える ISSNのPosition Standを読んで

はじめに

フルマラソン以上の距離を走るウルトラマラソンは非常にハードな競技である。100 kmや161 kmなどといった想像のつかない長距離、気温や天候などの日々変化するコンディション、消費されるエネルギーを補うために常に食べ続ける、など、一般の競技には存在しない要素が加わる。このような苛烈な競技を乗り切るためには、日々の準備とレース中の計画が重要にである。しかし、この領域は経験に強く依存しており、中には高脂質低糖質食など、実行にあたっての障壁が非常に高いにも関わらず、効果がはっきりしない、などのものがまかり通っていることがある。
経験によって導かれる知識を否定するつもりはないが、既に証明されている、何が正しく、何が間違っているか、を知り、確かな地面に足を付けて準備と戦略立案を行う事が出来れば、完走への距離はグッと近づくと考える。そこで、海外の大きな学会が纏めたもの、言ってみれば”ウルトラマラソンのガイドライン”とでも呼べるものを参照することとした。

※ ウルトラマラソンとは記載していますが、自転車におけるブルべなどにも応用可能な内容であると考えます。
※ なお、実質的に何も言っていないのと同じであろうとみなせる文章については積極的に取り除いています。

トレーニングについての指針

これらの内容は特段ウルトラマラソンに限ったことではなく、目新しい内容ではないな、と思うので割愛させていただきます。
③ トレーニングによるグリコーゲンの消耗より素早く回復するために、体重あたり5~8 g/dの炭水化物摂取を推奨する。
④ 特定の低強度練習の前に炭水化物摂取を制限すること / 1日の炭水化物摂取量を控えめにすることはミトコンドリア機能や脂質代謝能力を高めるかもしれない。が、この方法は高強度練習におけるパフォーマンスを低下させるかもしれない。
⑤ 除脂肪体重を維持し、トレーニングからのリカバリーを円滑とする為には、体重あたり1.6 g/d のタンパク質摂取が必要である。しかし、より多くカロリー消費する過酷なトレーニング中は、体重あたり2.5 g/dまでの摂取が望ましい場合もある。

レース中の戦略についての指針

⑥ 時間当たり150~400 kcal(内訳:炭水化物 30 ~ 50 g、タンパク質 5~10 g)を摂取する。

■ 体重 50 kg, 80 km, 時速 8 kmのレースでは3460 kcal, 70 kgで同じスピードならば4845 kcal。体重50 kg, 161 km, 時速 6.5 kmならば6922 kcal, 70 kgで同じスピードならば9891 kcal消費すると考えられる
体重 X 距離 = 消費カロリーという計算式は消費カロリーを過大評価してしまうようです。大体7/8程度になると概算すると良いかもしれません
■ レースの朝は脂質や繊維の多い食事を避け、炭水化物が多い食事を摂取すると消化器のストレスが下がるようです
■ 70 % VO2 max以上の強度で運動を行うと、胃排泄の速度が低下し、消化器症状の原因となるようです
■ 161 kmレースにおける調査では時間当たりのカロリー摂取が200 kcal以下の選手は、DNFとなる確率が上昇していました。また、エリートランナーは300 kcal以上摂取しており、長距離レースでは食べながら走ることが出来ることが重要な要素であるようです。
■ タイムが速い選手と遅い選手を比較した際、時間当たりの炭水化物摂取量が速い選手では44 g、遅い選手では31gであったとの指摘があります。その他の研究も踏まえ、レースを完走できた選手と出来なかった選手を比較して、非完走選手では炭水化物摂取量が少なかったことを踏まえ、このガイドラインでは 時間当たり50 gの炭水化物を摂取することを推奨しています。
■ タンパク質摂取は軽視されがちですが、レース中の筋肉痛を和らげるかもしれないとする報告が存在しており、摂取することによるメリットがあるのかもしれません。161 kmレースで完走者と非完走者を比較した研究では、時間・体重当たりのタンパク質摂取が0.08 g/kg/hと0.4 g/kg/hと完走者では摂取量が高かったようです。しかし、レースにおけるエイドでタンパク質が用意されるとは限らず、BCAA tabletなどのサプリを用いて摂取する手もあります。量としては3時間おきに20~30gを推奨しているようです。 
■ BCAAの摂取は運動中の疲労感と関連する脳内セロトニンの量を減少させる可能性があり、その面でもBCAAの摂取は重要かもしれません。

⑦ 時間当たり450~750 mLの水分補給と1~2gの食塩摂取を行う。

■ 1時間おきに750 mLの水分摂取を行うとお腹がたぽたぽになって走れないので、20分毎に150~250mLと分割するのが望ましいと考えられます。
■ 100 kmレースでは500 mL, 160 kmレースでは 750 mLと量を上げる必要がありそうです。
■ 時間あたり300 ~ 600 mgのナトリウム、塩化ナトリウム(食塩)とすると1 ~ 2 gの摂取が推奨されます。アクエリアスの食塩含有量が1 g/Lなので、アクエリアスでも多少濃度が薄い、ということになります。
たとえば、1時間当たりアクエリアスを600 ml摂取すると考えれば、食塩摂取量は0.6 gとなるので、最低でも0.4 gの追加摂取が望ましいということになります。
しかし、こういった飲料に追加で塩分を追加すると飲みにくくなってしまう為、サプリ等を使って補給するのが妥当な戦略となるかと思われます。
■ 当然ですが、ナトリウムだけでなく他の電解質についても補給は必要ですが、レース中の喪失で最も問題となるのがナトリウムということなのでしょう。two-runやMag-onなど、様々な電解質補充サプリ・ゲルが開発されていますし、これらを利用するのが吉でしょう。
■ 湿度や気温が上がれば摂取必要量が増えることが考えられます。具体的な何度ならばどれくらい摂取するべきか、などは記載がありませんでした。

⑧ レース中の胃腸障害の症状を緩和するために、漸進的な腸内トレーニングおよび低FODMAP食(発酵性オリゴ糖、二糖、単糖およびポリオール)を支持するエビデンスが存在する。

その他サプリメントについて

カフェイン、ケトン、痛み止めについて触れます

⑨ ケトン食・ケトンエステルがウルトラマラソンのパフォーマンスを向上させることを支持する証拠は不足している。

■ エビデンスがないようです
■ メタ解析でも有意差が出せておらず、積極的に摂取する根拠はないのではないでしょうか。

⑩ 睡眠不足が安全性を損なう可能性がある場合、レース後半のパフォーマンスを維持するためにカフェインを使用することを支持する証拠がある。

■ カフェインは脳内アデノシン受容体に結合し疲労感の形成をブロックするとともに、筋内でのカルシウム放出を促進することで筋力を増加させる作用があります
■ ただし多量の摂取は胃腸の荒れ、頭痛等々の副作用があるため、推奨されません。
■ 161 kmレースにおけるエリートランナーのカフェイン摂取量は912±322 mgであったと報告されています。
■ 副作用等を踏まえると、時間当たり50 mgカフェインを摂取するのは許容されるだろうとガイドラインは述べています。

痛み止め

■ NSAIDs (ロキソニン、イブプロフェンなど) の効果は研究によって一致していない。ただし、急性腎障害や心血管系のイベント、低ナトリウム血症などのリスクを上昇させるために、レースにおける摂取は推奨されない。
■ アセトアミノフェンについては明らかな副作用などは報告されていない。

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