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#読書の秋2021#未必のマクベス/『読書感想文』という名のファンレター

早瀬耕、という作家をご存じでしょうか。私よりいくつか年上の50代。単行本として出版している本はわずかに5作品。これまで、直木賞や本屋大賞などの名だたる賞に名を連ねることはなく、テレビ・ラジオでコメンテーターを気取ることもない、市井の作家さんです。失礼ながら、一部の読書ファン以外の方にとっては「無名」とも言えるかもしれません。

ですが私はこの早瀬さんの「未必のマクベス」を、当代で五本の指に入る傑作だと思っています。読み終えて、正直、震えました頭の芯が痺れるほどの陶酔感。誰かに言いたいのに、言葉にならない余韻。この本に触れた人の多くがこう感じるのです。

「どうしてこの作品が、もっと話題になっていないのか!?」

詳細はあとで述べますが、読み終えた時に私は「馳星周さんの『不夜城』を森博嗣さんがリライトしたらこうなるんじゃないか」という印象を持ちました。天才×天才です。ノワールなのに、あっけないほどスマート。恋愛小説でもあるのに、拍子抜けするほどピュア。・・・書けん。逆立ちしたって、俺には書けん。口に出してそう呟いてしまうほどの衝撃が私を打ちのめしたのです。

異色なのは早瀬さんの作家としての経歴です。1992年4月、卒業論文を元にした作品「グリフォンズ・ガーデン」を上梓。2作目となる「未必のマクベス」の発刊はそれから22年たった2014年。この時間があったからこそ、さまざまなエッセンスが熟成したのかもしれません。

さてお待ちかね。内容について少しふれましょう。

IT企業に勤める主人公・中井優一は、東南アジアなどで交通系JCカードの販売に携わっている。ある日、マカオで出会った娼婦に「あなたは王として旅を続けなくてはならない」と予言され運命が動き出す。出向を命ぜられた香港で待ち受ける罠。初恋の女性を巡る陰謀の影。相棒であり、親友でもある同僚と、謀略の予兆。優一の旅は、どこで終着を迎えるのか。(要約:いぬい)


今作にはさまざまなギミックが埋め込まれています。その最たるものがシェイクスピアの「マクベス」です。

細かい内容は知らずとも、ストーリーの中に織り込みながら説明してくれているのですが、登場人物になぞらえた仕込みが周到。人生とは、それぞれの登場人物が、逃れられぬ予定調和の末に、与えられた役割を果たすしかない舞台なのか、と考えてしまいました。

小物として出てくるのはダイエットコークで作るキューバ・リブレに、雲吞麺。いずれもキャラクターの性格設定に一役買っています。

そして恋。この作品の核の部分でもあるので多くは語れないのですが、未練、執着、羞恥、諦観。こうしたオトナの恋愛の「うま味」を、懐石料理の「出汁」のようにサラリと使ってくる料理人は、そうそういないと思います。


「未必のマクベス」

これは喪失の物語。あらかじめ失われた初恋をたどる旅路。

これは投影の物語。わたしは誰かであり、そして誰でもない。

そして齟齬の物語。誰の思い通りにもならず、誰も得をしない。

そして再生の物語。死者は眠り、生者は歩みゆく。


早瀬さん、私は仕事の休憩時間に「グリフォンズ・ガーデン」の舞台でもある「北大植物園」を眺めながら暮らしています。

この先のさらなるご活躍を、同じ道民として楽しみにしています!


<おまけ 映画化の際の希望キャスト>

中井優一・・・高橋一生さん 

伴浩輔・・・中村倫也さん  

高木・・・向井理さん  

カイザー・・・松田龍平さん                   

田島由記子・・・麻生久美子さん

森川佐和・・・蒼井優さん




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