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せんちめんたる・なんせんす

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嘘吐きは夜の海を散歩する。嘘吐きの僕の日常のことです。
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#嘘吐き

前の人生を思い出したと云う友人の話(1)

「僕の產まれる前の人生は、明治生まれの男で閒違ひないやうだ」 さう言つた幾野君は手に持つた白いマグカップに口を付けた。 「小さな弟たちが居たり姉が居たりとそんな夢を見る事がある。皆んな着物を着て居たよ」 「突然呼び出したと思つたらそんな話かい?」 僕は首を些か右に傾けて、彼に向かつて歎息とも笑ひともつかない聲を溢す。 「否、それだけでは無いんだけどね。ここ最近、生まれてこの方體驗した筈が無い事を思ひ出し續けてしまひ、氣持ちを持て餘して居るんだ。けれど此樣な事を誰彼構はず話した

京都のお茶屋さんで遊んでいた頃の話。

昭和2か3年頃だったと思う。 僕は仕事で京都に行く事があった。 その頃お茶屋さんにいる女の子2人と仲良くなった。 舞妓さんと芸妓さんの姉妹だった。本当の姉妹かははっきりしないけど、姉妹のように寄り添って仲良くしている二人だった。 最初は僕の仕事先の年長の偉い人に連れて行かれた場所だった。けれどあの二人ともう少し話がしてみたくて二人のことが忘れられずに、二度目は一人で思い切ってそのお店ののれんをくぐった。 相当意を決して行ったらしい。 僕にしては珍しく、その二人には恋愛や

行きずりの女の子とした話。

何時のことだろうか。 彼女とはもうとっくに分かれて居た頃だった。 僕は誰のものでもなかった。 ある夜に一人の女の子と話が盛り上がった。 曰く「私、割り切った身体の関係平気だよ。そういうの楽しめる方」 と云うことだったので、「成程、僕もそうだよ」と意気投合した僕たちは、一度きりの割り切った関係として身体を重ねることにした。 彼女はパーマをかけて居たかどうか……とにかく割と派手なヘアメイクをしており、顔にはそばかすがあったかな。目は小さめで、サバサバして良い意味で女を感じさせな

産土神社で当たり前に前の人生の誕生月にコインを入れるつもりだった。そのことに気がついたけど、まあそうかと思ってそのまま前の人生誕生日のところに一円玉を置いてきた。

僕は嘘吐き

●A面 僕の肩書は「[嘘吐き]」。英語で書く時は「fabulist」。 嘘吐き(うそつき)と云う肩書にしたのは、僕には「小説家」や「作家」「文筆家」……等々、そう云うものがどうもしっくり来なかったからだった。 僕が書いて居るものなんて、小説や文芸、随筆エッセイ評論等々、どんな文章作品にも当てはまらなくて、「嘘」位なものなんです。 僕は君たちを氣持ちよく騙せるような、質の良い嘘を沢山吐きたいと思って居ます。 ●B面 「嘘吐き」と云う名称に思い当たった時すごくしっくり來る

海、散歩する僕

宙に浮かんだ扉を開ければ蜜柑色の光を映して輝く海が在る どうして海、それも夕焼けの 美しい海 わけも解らず けれども扉が開いたからには僕はその中へ 飛び込む。 深黒な山高帽と深黒のインバネスコートで オレンジを反射して輝く海とオレンジに染まる空 を右にして 僕は歩いて往く 此処は一体何処の海だろう 海の匂いは? 街の匂いは? 僕の故郷の近くかしら それとも鎌倉の海? インバネスの中はウール素材のジャケットで それも同じ黒い色だ。 僕は外套中で上着の裾を掴んで 柔らかさと

君にプロポーズをした日

昭和に入ってからのことだっただろうか。 或る晩に僕は恋人にプロポーズをした。僕より年下の[恋人] 、当時数えで17歳だったと思う。 劇場か何かわからないけど、僕は彼女の仕事が終わって出て來るのを、煌々とした光を放つ白くて四角い大きな建物の前でまっていた。辺りはその建物以外は特に何もないようで、その路地は真っ暗だった。 僕はいつも彼女を迎えに来ているようだったけど、今日はプロポーズをすると心に決めており、すごくドキドキした心持ちで彼女が出てくるのをその建物の前で待っていた。

小学生の時に見たHな夢の答え合わせが出來た友達の話。

「僕が初めて淫らな夢を見たのは小學6年生の時だつたよ」 女給さんが僕らの前にミルクティーを運び終へると、幾野くんはさう話し始める。昼食を食べ終へた僕と幾野くんは、彼の云ふ所の「一寸面白い話」を聞くためにカフェへ移動して居た。 「へえ、それは一體どう云ふ夢だつたんだい?」僕は尋ねる。 すると幾野くんは 「それがさ、まあ何とも云へない夢でね……」 と言ひながらティーカップを置くと、こんな風に話を始めた。 ⚫︎ 當時の僕の性的智識は、まあ基本的なことだけ。3年生の時に「セッ

此様な話ばかりして居て僕は大層お目出度い頭だと君は思うだらうけど、僕だつて信じられない事ばかりだからあらゆる角度で其れが本當の可能性であることを探っているんだ。例えば占い、占星術。僕だと思われる人間と彼女だと思われる人間の相性をホロスコープで読み解いて記憶と合うか検証して居るんだ

君と別れて。

大正15年の10月、蒲團から出て君を抱き締めて居る時、僕はとても幸せだつた。外は秋風が吹いて居て、實りを收穫した後の豐かで滿たされた季節が來る豫感がして居た。新しく訪れる季節は此れから永遠に續く幸せの始まりのやうに思へた。 蒲團の中では何時だつて溶け合つて居た。凝つとして居る丈で僕は幸せで滿たされて居た。 * 昭和3年頃、彼女と別れた僕は寂しくて仕方がなかつた。 足元がばらばらと崩れる感覺。背筋が何時もがくがく震へて少し氣を緩めると寂しさで自分が壞れてしまひさうだつた。

昭和5年の中に残してきたネコのこと。

確証は無いけれど前世の感覚の話。 久世山という地名を意識してから、あの鷺坂を登って久世山の方を歩いてから僕は久世山のおうちに猫を残してきてしまったような気がしてならない。 前の人生、昭和初期。多分昭和5年頃。 僕はあの家で猫を飼っていた。とはいっても令和の時代のように家の中に閉じこめる感じじゃなく、放し飼いで猫も自由に家を出入りしている感じだった。 サバトラの猫だったような気がする。灰色の印象がある猫。 そのことを思い出すと涙が出てきて仕様がなかった。 あの猫はどうした

文學の神に愛されて居る訳では無かった。

靑白い顏をした幾野君は卓の前に僕が座ると「ああ君か、よく來てくれたね。有難う」と云ふ。 「どうしたんだい」と僕は笑ひながらミルクティーに蜂蜜を注ぐと木のマドラーでかき混ぜた。肉桂の香りが彈む。 「僕が小說を書いて居ないと不仕合せになる體質だと云ふことは、君も知つての通りだが……」 「ああ、さうだつたね。君はいつもさうだ」 「此れは唯の强すぎる野心や自己顯示欲に由來するものだと思つて居たけどどうやらさうではなかつたらしい」 「どう云ふことだい?」 幾野君がかう切り出した時は僕に

百年前の僕の戀。

ずつと昔の夢を見た。大正時代、關東大震災の後の話だつた。 多分大正13年、場所は東京。 * 彼女はお店をしてゐるおうちの子だつた。 お父さんのお遣ひに、と買ひ物かごを提げて店を出た彼女を追つて、少し遲れて僕も店を出た。 「一緖にお散步に行くよ」 と僕は店から少し離れた地點で彼女に驅け寄つて、隣を步く。 談笑する二人。彼女は三つ編みお下げで僕はスーツにネクタイ。 僕は彼女が次の路地を曲がることを知つてゐたから、隠れんぼか何か悪戯をする顔で、少し走つて先回りをして彼女を待ち伏

港区女子に憑依された友達の話

「そうダス!あたすが港区女子ダス!」 顏を上げるなり彼はさう言つた。黑い山高帽に濃灰の麻のスーツを着たこの人はどう見ても港區女子には見えない。 けれども頭を上げたその瞬閒から、彼の顏つきは變はつてをり、僕は直感的に「嗚呼この人また憑依されてゐる」と確信した。 港區女子と名乘るその人は話を續ける。 「アタスが港区女子やってたのは芝浦埠頭!解る?田町から徒歩25分くらいの電車も何もないところ。船乗りだったうちの父にはお馴染みの場所だったらしくまあ、そう言う寂しいところだよ