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君と別れて。

大正15年の10月、蒲團から出て君を抱き締めて居る時、僕はとても幸せだつた。外は秋風が吹いて居て、實りを收穫した後の豐かで滿たされた季節が來る豫感がして居た。新しく訪れる季節は此れから永遠に續く幸せの始まりのやうに思へた。

蒲團の中では何時だつて溶け合つて居た。凝つとして居る丈で僕は幸せで滿たされて居た。



昭和3年頃、彼女と別れた僕は寂しくて仕方がなかつた。
足元がばらばらと崩れる感覺。背筋が何時もがくがく震へて少し氣を緩めると寂しさで自分が壞れてしまひさうだつた。

そんな時僕は風俗に行つて居た。
風俗店の女性に慰めてもらつて寂しさを埋めて居た。
仰向けになつて目を閉じて僕は女性に身體を任せる。
さうして僕は彼女との行爲のことを思ひ出してゐる。ああしてゐた、かうしてゐた、こんな風だつた、と。それを思ひ出して、お姉さんに「かうしてください」と少しお願ひもする。
どういふ形態の店だつたのか思ひ出せないけど、僕は插入はしなかつた。ただ拔いてもらつただけだつた。僕は彼女以外の人には插入しない、と堅く決めてゐたらしい。さうする事で未だ彼女に操を立てて居る氣を保って居るつもりになって居た。未だ彼女の物で在りたかったのだ。
お店の人は仕事だから氣持ちがない事も分かつてゐるし、僕には何かそれが虛しく感じてゐた。
彼女との行爲では出して仕舞ふのが勿體無くて、何度も欲をやり過ごしてゐて入れてからは半刻か1時閒か樂しんでゐた氣がする。
けれどお店のお姉さん相手の僕は直ぐだつた。彼女との行爲で出すものは幸せさを濃縮したもののやうに感じてゐたのに、そこで出す僕の白いものはただのゴミのやうで無價値だと思つた。
とてもくだらない射精。ゴミみたいな絕頂。
けれどもお姉さんは仕事とはいへ、僕のゴミみたいな欲望の處理に付き合つてくれる。出した後、何時も自然と僕は「ありがたう」と言つてゐた。彼女の時は「ごめんね」だつたのに。
絕頂へ向かう僕はどうしても身勝手になるからその事がいつも申し譯なく、また彼女が辛くなかつたかとそればかり心配して居た。
それ程大切に思へる人は、彼女以外遂に現れる事はなかつた。

最近枕を抱いて寢て居たら此樣な事を思ひ出した。
どうして此の記憶が必要なのか、今は全然理解らないけれど。


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