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すべては、妥協のない品質で提供するために。元クリニックからまちの人たちが集うピッツェリア「UCCIARE !!!(ウッチャーレ)」が誕生するまで

東急多摩川沿線に位置する、矢口渡。地名は南側を流れる多摩川の矢口の渡し(昭和24年に廃止)に由来し、当時は貴重な渡船場として活躍していました。現在は住宅と中小規模の工場が混在するまちとして、人々の暮らしが営まれています。

そんな矢口渡の住宅街のなかに今年の2月、ピッツェリア「UCCIARE !!!(ウッチャーレ)」がオープンしました。もともとはまちのお医者さん「田宮医院」として、地域の人々の健康を支えてきた場所です。代表の硲さんはなぜ、矢口渡のこの場所でピッツェリアを開業することを決めたのか。物件のオーナーである田宮さんにも同席いただき、硲さんにピッツェリア開業の経緯をうかがいました。


何年も苦戦していた理想の物件探し

――硲(はざま)さんはこれまでも「Bakka M’unica(バッカムニカ)」や「BAKKA PICCOLINA(バッカピッコリーナ)」とピッツェリアを鮫洲で経営されていますが、今回矢口渡で新たにお店をオープンしようと思ったのはどうしてなのでしょうか。

硲さん:2018年から、ビールを醸造できる広さの物件を探していたんですが、なかなか理想の条件に合う物件が見つからずにいたんです。そんななか、普段あまり開かないSNSを立ち上げてみたら、一番上にたまたま日比野(omusubiスタッフ)の物件紹介の投稿があって。

▲ウッチャーレ代表の硲さん

――日比野さんと硲さんはどういった関係なんですか?

日比野:硲さんは僕の新卒時代の会社の先輩でした。ただ、当時は所属グループも違っていたし、目が合えば挨拶するくらいの仲だったと思います。

▲omusubi不動産の日比野さん。会社で扱っている物件の紹介をSNSでアップしたところ、新卒時代の先輩である硲さんから連絡をいただいたそう

硲さん:そうそう。だから日比野が今不動産屋にいるなんて知らなくて。SNSに載せていた物件は埼玉にあり、家からかなり離れていたので現実的に通うのは難しいな、と諦めたんですが、すかさず「こういう物件もありますよ」と。そこで紹介してくれたのが、この元田宮医院の場所でした。

▲二階は住居として田宮さんが現在も住まれており、一階部分はかつて田宮医院として運営されていました

――物件を見たときの印象はどうでしたか?

▲ウッチャーレさんご入居前のbefore(上)とウッチャーレさん引き渡し時(下)の様子。クリニックの受付があった場所でした

硲さん:もう4年ほど、かなりの数の物件を見てきたのですが、入った瞬間「ここだ」と即決でしたね。「奥行きがあるのでここに窯を置けるな」「裏に工房が作れそうだな」とぽんぽんイメージが湧いて。あと、めちゃくちゃイタリアっぽいなと思ったんです。入口を入ってすぐ左手に大きな窓があって、開放的なんですよね。この窓の存在はかなり大きかったです。

ナポリピッツァの魅力を伝えるために始めた移動販売から、また一歩先へ

――そもそもピッツェリアを始めようと思ったのはどんなきっかけでしたか?

硲さん:子どもの頃からとにかくピザが好きだったんですね。年に一回の誕生日しか食べられないごちそうだったこともあり、ピザが食べられるのがうれしくてうれしくて。ピザ屋でバイトして、初めてもらった給与でピザを買うくらい(笑)。でもいざ就職を考えるようになると、飲食の労働環境には過酷なイメージが強かったので、ピザ屋で働きたいとは思えなかった。だから新卒の就職先はまったく違う人材の業界を選びました。

――最初からピザの道ではなく。

硲さん:でも社会人3年目くらいになると、周りの友人から「独立しようと思ってる」みたいな話を聞くことが増えてきて、自分自身もずっと会社員でいるつもりはなかったから、一回なにで独立できるか、リストアップしてみたんですよ。小説家、政治家、お笑い芸人……と。そのなかで最後まで残ったのがピザ屋でした。当時はまだナポリピッツァの知名度がそこまでなく、お店もほとんどない。だけど、ピザ好きの自分がこれほどおいしいって思ってるってことは、需要があるんじゃないか。そう思ったんです。

――ただのピザではなく、「ナポリピッツァ」に着目したのですね。

硲さん:とは言え、せっかくならピザ好きの人たちだけでなく、わざわざお店へ行くほどではないと考えている人たちにこそ、食べるきっかけを作りたいな、と。そこで、店舗を構えるのではなく、お祭りや人が集まる場所にキッチンカーで移動販売するスタイルでやっていくことにしました。

硲さん:30歳になるころには軌道に乗りはじめ、1日1,000枚ものピザを焼くぐらいの規模感になってきたので、職人を雇うようになったんですが、ここで問題がひとつ出てくるんです。移動販売は、天候や出店場所、時勢などの影響をとても受けやすい。雨が降れば目に見えてわかるくらいお客さんの数が減るし、コロナウィルスが流行し始めると、自粛せざるを得ない。そうなると、安定的に職人を雇用することが難しくなってしまうんですよね。そこで、外からの影響を受けることなく継続的な収入を得るためには、やはり店舗が必要なんだ、と。

――移動販売を続けるために、ピッツェリアをオープンしたのですね。矢口渡の店舗ではビール醸造ができることを条件に探していたとお話されていましたが、ビールを作ろうと思ったのはなにか理由があるのでしょうか。

硲さん:ビールもピザと一緒で、単純に自分が好きだったから(笑)。商売的な話をすると、飲食店の売上を作っていくのってほんとうに地道だし、上限がある。それでいて、みんなの昇給もしていきたいと思うと、飲食以外の事業収入が必要だなと気づいたんです。

――たしかに営業日数と席数である程度上限は決まってしまいますよね。

硲さん:あと、クラフトビールのお店って、ビールがメインで料理が弱いところが多いなと感じていて。僕はビールをあくまで食卓を彩る飲みものだと考えているので、食事もビールもおいしい店としてお客さんにたのしんでもらいたいなという気持ちもありましたね。

かつての賑わいが失われた今、まちの人がこの場所に期待すること


――建物のオーナーである田宮さんは、テナント募集をする際、ここがどんな場所になると想像していましたか?

▲オーナーの田宮さん。お父様がかつて田宮医院を運営されていましたが、10年ほど前に閉業となり、新たにテナントを募集することにしたのだそう

田宮さん:この辺はデイサービスの施設が多いんですね。もともとここがクリニックだったこともあり、きっと医療や福祉関係の方が入るんじゃないかなと思っていました。でも、omusubiさんからは「福祉施設以外の他の使い道もありますよ」と言われて。正直そのときは飲食店さんが入るイメージは全然なかったんです(笑)。

田宮さん:だから、ピザ屋さんが入ると聞いたときは「ええっ!」って(笑)。でも硲さんと事前にお会いして、すごく穏やかで素敵な方だなと安心できたので、最初から心配に感じることはありませんでした。ひとつあるとしたら、この場所を気に入ってくださって嬉しいけれど、この場所で大丈夫なのかな、ということくらいで。

――言われてみれば商店街の方まで行かないと、飲食店はほとんどないエリアですよね。

田宮さん:昔はすごく賑わっていたんですけどね。60、70年前には北側の安方商店街と南側が矢口渡商店街がひとつに繋がっていて、ものすごく活気があったんです。今では当時の活気が失われてしまっていますが、その分新しくできるお店への期待も大きいので、ウッチャーレさんができてまちの人たちは喜んでいると思います。親戚や知人と利用するたび、知らない人たちでいっぱいなの。

硲さん:鮫洲のお客さんも来てくださることがあるのですが、地元の方が来てくださっていますね。なにを見てきてくださってるのか僕もわからなくて、田宮さんが口コミを広げてくださってるのかと(笑)。

妥協のないおいしさを追い求めながら、地域に寄り添った店作りを


――実際に営業を始めてみて、まちの人からはどんな反応がありましたか?

硲さん:店の近くの「草津湯」という銭湯で、お酒を飲めるスペースがあるんですが、そこで形成された酒盛りネットワークの人たちに「どうやらあのピザ屋でクラフトビールが飲めるようになるらしい」と話題になっているそうなんです(笑)。もともとのファンの方はもちろんなんですが、やっぱりまちの人たちとかかわっていきたいなと考えているので、お風呂上がりの一杯を飲みに、ふらっと来てもらえるような店にしていきたいですね。さきほど話していた、料理と一緒にクラフトビールをたのしんでくれる方と、立ち飲みで気軽に来てくれる方の両面のニーズを満たしたいなと。

――ビール醸造はこれからなんですよね。

硲さん:そうですね、9月くらいには準備が整えられたらいいなあ(笑)。想像以上にビールをたのしみにしてくださる声をいただくので、なるべく早く提供できるように頑張ります。

田宮さん:今(2023年7月取材時)は不定期で営業しているでしょう。ちょこっとでも焼ける人がいれば毎日開けちゃえばいいのにって思っちゃうし、毎日やってほしいんだけど、絶対それはしないんだなって。そこに硲さんの職人魂を感じるし、妥協しないものづくりの姿勢にファンがついて、お客さんたちも営業日をたのしみに待っている感じがします。

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店舗情報
UCCIARE !!! (ウッチャーレ)

住所: 〒146-0094 東京都大田区東矢口2丁目5-15 1階
営業時間:営業日や時間は公式Instagramより
定休日:不定休
Instagram:https://www.instagram.com/ucciare



取材・撮影=ひらいめぐみ

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