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軌跡を知る。【梨木香歩著 やがて満ちてくる光の 読了感想】

本が好きなくせにエッセイものを読了した経験がない。それは恐らく、小説とは違い、起承転結のストーリーではないから。そして一節一節が短く読みやすい分、辞め時が有り過ぎて後回し癖が出てしまうから。

しかしそういったマイナスの肩書きに終わりを告げる。こちら、最後まで読めました。

やがて満ちてくる光の 梨木果歩

タイトルが綺麗ですね

この本は作者の25年間の軌跡が書かれている。内容は日々のことから今まで連載してきた著書にまつわる話。社会への思うことなど。著者のファンであればあるほど楽しめる内容となっている。

つまり、完全に私歓喜の本である(めっちゃファンだから)。

じゃあ著者のことを知らない人は面白くないかと言われると、そんなことは無いと思う。例えば国内外への旅が好きな人、植物が好きな人、鳥類が好きな人は読んでいて面白いと思う。作者自身がものすごく詳しいから、この辺りの話が数多く出てくる。
(そしてこれは、この本に限ったことでは無い。例えば旅した土地に思いを馳せてひたすら書かれているエッセイもあったりするし、小説にも詳細な植物や鳥の描写が容赦なく出てくる。)

読むと分かるが、物事の本質というか、神秘的な部分というか…そういった目に見えない大切なことを感じ取ってご自身の中で思索、昇華しているのだな、という描写が、あちらこちらに出てくる。あ、この人はそういう視点で物事を見ているのか、と思う。哲学的な部分がある。その知的さが、羨ましく面白い。

昨今「ていねいな生活」が流行し、もてはやされるが、ここには本当の意味での「ていねいな生活」が書かれていると思う。つまりそれは、「日常に起こった」出来事に対して思慮深く、真摯に向き合い、それを丁寧に紐解いていく作業。そしてそれが最終的に死生観に繋がってこそ、本当の意味で丁寧に生きている、になるのだと思う。

この、「日常に起こった」の中にはどうしようも無い現実も含まれる。そして社会に対する危惧も、このエッセイ集には一部含まれている。だが、淡々とした優しい文体でやわらかく語られるから、読んでいてとても助かる。そこには希望も添えられている。


河田さんとの対談

最後の解説は、河田桟さんという方が書かれている。作中の「生れ出ずる、未知の物語」にも、対談相手として登場される。

私はこのエッセイをきっかけに河田さんを知り、河田さんが書かれた本も購入している。読了感想を貼っておく。

で、この河田さんとの対談が面白い。
「境界のゆらぎ」の話、キノコの話、生物が歳をとると輪郭がぼやけているように感じる話…。何言ってるか分からないと思う。
説明が難しいのだが、例えば神話の世界のスタートって、全てはひとつから産まれた、みたいな始まりが多いかと思う。そこに還っていくかのように、人は老いていくと境界が曖昧になり、最終的(死)にはひとつになろうとしている感じがするよね、みたいな話が展開されたりする。

ほかのタイトルより遥かに作者の根本的な考え方が分かる内容なのである。それはもちろん人生観、死生観、哲学チックなこと。だからこういう本を書いたのね(著者の書いた他の小説)、と思える。

好きな言葉を抜粋する。
著者がこの先の日本の未来について語った時の言葉。

”滅びに向かっている道だとしても、どれだけそれを味わい深く、充実して過ごせるか。もうそこしか、人間の精神の自由は残されていないような気が私はします。”

159ページより抜粋

胸を突き抜けた一言だった。どこかで分かっていたけど言語化できていなかったもの。

この本を読む際はぜひ最後の解説も読んでいただきたい。河田さんの文章というのはとても正直で優しく魅力的なので。


「家の渡り」がとても素敵な話

恐らくこの本を読んだ方はみんな好きな話ではないだろうか。

著者が家を探していた時のお話。とある学者さんが亡くなり、その方が住んでいた古家が売りに出されていた。それがあまりに素敵な家だった。が、値段的に手を出せない。しかし買い手が付かないと、この家は解体されてしまうという。

この家に住んでいたのは、宗教哲学者のMさん。質素で慎ましく、住んでおられた時のものも置いてあり、まるでその空気感や気配を感じられる(霊的な意味では無い)その家は、住んでいた人の人柄が偲ばれる。その描写がまあ凄まじい。ほんとに素敵な家だったことが読んでいて伝わってくるのだ。

ここから、著者自信の挫折の話、神学の話(バルト神学)…と、深い話に展開していく。この辺りは私には少し難解で、だけども言わんとすることはなんとなく伝わるという絶妙さがあり、語りたくとも語れない。ぜひ読んでいただきたい。

著者は相当悩んだ末、この家を購入しない。人が渡り、その後家も渡ったのだ。Mさんが過ごしたこの家の空気感というのは、仮に住んだとしても引き継ぐことは出来ない。上書きは出来ても。消えてしまうことに対しての勿体無さや切なさを感じてしまうが、確かにそこにあったものとして、こうして記録されていることに感慨を覚える。


エッセイの読了感想は難しい。小説とは違い、語りたい要素が多様に、膨大に散りばめてある。全体的にまとめて感想を述べることが困難だ。そして恐らく、これを読んで内容の難しさを感じた人もいるかもしれない。実際難しいものも多いのだ。如何せん哲学的、宗教学的な話もあるので。

しかし、尻込みしないで欲しい。分からなくとも伝わるものがあるから。作者なりに伝えてくれているものが分かるから。

おむ

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