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だれもが笑顔になれる仕事

「一番前の女性の方は、くれぐれも足は開いちゃだめですよ、綺麗に揃えてくださいね。はい、ありがとうございます」

綾小路きみまろ のように軽快な間で語りかけるカメラマンの一言で30人のお客さまの頬が一気に緩み、60個の目がカメラへと向かう。

先輩の横顔を見ると、完全にモードに入っている。

観光バスを待っていた時のリラックスした雰囲気とは一転、目の前のお客様に全神経を集中させている。そして、ざわついたお客様が、少し静寂を取り戻すかどうかというタイミングを待ち……

「それではお撮りします!はーい!」

静寂に包まれた撮影場所に、カメラマンの大きな声だけが響きわたる。

撮影が終わると、お客様の緊張がさらにほぐれ、ほっと一息。でも、ここで終わらせてはいけない。大人数を撮影する集合写真は、誰かがまばたきしている可能性やその場のロケーションに一番あう適性露出を求めていくために、必ず複数カットの撮影が必要だ。

「次が本番です。みなさま、どうか後悔だけはないよう今日一番の笑顔を私にください!」

1カット目が80%だとすれば、120%の声量とテンションで、お客さまの気分をさらに盛り上げる。

「はーいっ!」

撮影後、1.6秒ぐらいの沈黙の後、満面の笑みで「綺麗にとれました!」
少し古いが、クイズミリオネアのみのもんたの正解を待つ間に少し似ている。

「あー、面白い人やったねぇ」「笑い疲れたわ」
なんて言いながら、お客さまはぞろぞろと撮影場所を後にし、観光の目的地へと向かわれる。

「こんな感じ、次やってみる?」

アルバイト初日、先輩カメラマンが見せた数分間の迫力に私は圧倒された。
1台のカメラで、多くのお客さまを魅了したように私も初日にして、観光記念写真の魅力にとりつかれた。

入社前は、フリーカメラマンとして活動をしていた。と言っても技術も経験もなく、ただ写真の仕事がしたい。そんな思いで人物写真を撮り続けていた。

しかしながら、現実はそう甘くはない。収入も安定しないし、仕事もどうやって作っていけばいいのかもわからない。とにかくもっと写真のことを学んで、人に喜ばれる写真を撮れるようになりたい。

そんなタイミングで文教スタヂオと出会った。

観光の素敵な想い出をカタチにするやりがいのあるお仕事です

実際に撮影している瞬間を見て、初めて求人原稿に書いてあったことの意味が理解できた。

初めての撮影は、緊張に手が震えたが、自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。きっと、自分が求めていた仕事に出会えた喜びからかもしれない。興奮状態で、カメラをどうやって操作したかも覚えていないが、撮影後、お客さまからたくさんの笑顔をもらえたことは今でも忘れることができない。

撮影は学べば学ぶほど奥が深く、先輩からはダメ出しばかりだった。

「センターが少しずれている」「目をつむったお客さまがいたでしょ」
「お客さまの並べ方が悪い」「イレギュラーに対応できていない」

撮る場所は同じでも、お客さまや光線状態は1カットごとに変わり、臨機応変に最適な写真を求めていく。

同じロケーションは二度とやってこない。

これも仕事の醍醐味の一つだった。プロフェッショナルな仕事をしている喜びがあった。技術力もトーク力も先輩のものを見ては、良いところを盗み、アレンジを加えて、自分のものにしていった。

失敗もたくさんある。

お客さまの笑顔を引き出そうと、先輩と撮影前に三脚の周りをヒゲダンスして「早くしろ!」とお客さまに怒鳴られたこともあった。今となってはいい想い出だ。

撮影の瞬間だけではなく、写真を販売する際、お客さま一人一人と会話できることも大きなやりがいに繋がった。観光を終え、バスへ帰ってきた頃には写真が仕上がっていて、購入することができる。

すなわち結果がすぐにわかる。

「それなりに写ってるね」
と満面の笑顔で写真を購入してくれたお客さま。

「良い記念になるねぇ。帰ってから家族に証拠写真に見せるよ」
写真の楽しみ方を教えてくれたお客さま。

「この人たちと一緒に写ったことが想い出だから」
想い出の価値を教えてくれたお客さま。

こんなお客さまとの一期一会のやりとりが楽しくて、飽き性の私でもまったく飽きが来ない夢中になれる仕事になった。

あれから20年近くたち、集合写真の現場はほとんどなく、個人のお客さまを対象としたサービスへと様変わりしているが、昔と想いは変わらない。

今ではマネージャーとなり、現場のマネジメント・人材育成・新規開拓など担当させてもらっている。現場に立つ機会は以前より少なくなったが、今でも現場に立つたびに、自分を笑顔にさせてくれる仕事だと思う。

自分が笑顔になった分だけ、目の前のお客さまも笑顔になってくれる。世の中、色んな仕事があるが、こんなにたくさんの方の笑顔と触れあえる仕事は他にないかもしれない。

目じりの皺の数はだいぶ増えたが、これはたくさんのお客さまからもらった勲章のようなものだと誇りに感じている。

20年前の感動を忘れず、笑顔を作る楽しい仕事を全国各地に広げていきたい。