全てがVになる(新装版):VTuberが示す私たちの未来の可能性
バーチャルYoutuber、あるいはVTuber。
2017年にひっそりと始まったこのムーブメントはいまだ冷めることなく拡大を続けています。バーチャルYoutuberランキングを運営するUserlocalの発表では2020年11月時点で1.3万人を突破したとのことですが、この数字は登録ベースなので実数はさらに数倍、4-5万人に達するでしょう。
タレント名鑑に掲載されている芸能人の数はおよそ1万人なので、既にVTuberは日本の芸能人より数が多いのです。2018年の時点では相関図を一枚絵に表せるような小世界だったことを考えれば、実に驚くべきことです。
ところで皆さん、この数万人ものVTuberは一体何を目的に活動していると思いますか?有名になりたいから?あるいはお金が儲かるから?
確かに昨今の花形VTuberの輝きはそう思わせるに十分ですが、実際それはごくごく一握りの話で、Youtubeのチャンネル登録者が10万人以上のVTuberはわずか400人(1%以下)、登録者1万人ですら1500人(3-4%)に過ぎません(2021/10時点の人気VTuberランキングより)。
感覚的に分かりやすい生配信の視聴者数に換算すると、およそこの1/100。視聴者が1000人に乗るのが1%以下、100人ですら3-4%。8割方のVTuberは、視聴者数が2ケタなら「あ、今日はたくさん来てくれたな」というレベルです。もし投げ銭が受け取れても、その額は推して知るべしです。
つまり殆どの人にとってVTuber活動とは収益を得るどころかお金を費やす趣味であり、どころか人気を得ること自体かなり難しいというのが現実です。
そうなると、なおさらVTuber活動の目的が気になります。
ここで少し古いですが、面白いデータを引用しましょう。これはVTuberでありnoterであるなでしこ大和さんが、ライブ配信プラットフォーム17 LIVEのライバーおよそ100名を対象に取った活動目的についてのアンケートです。
(詳細な結果はなでしこ大和さんの記事でご覧になれます)
注目すべきは、実に22%もの方が「自己実現・自分探し」と回答していることです。
自己実現とは「自分はこうありたい」という理想に近づいていくことを指す心理学の用語です。
人間は社会的欲求(誰かに必要としてほしい)や承認欲求(自他ともに尊敬できる人間になりたい)、あるいは金銭的欲求といった様々な欲求を満たした先に、最終的にこの自己実現を目指すことを望むと言われます(マズローの自己実現理論)。
もちろんこうした本来的な意味を理解していない回答者も多いとは思われますが、それでも一定数のVTuberが金銭的欲求やただの興味・享楽とは一線を画した目的を持っていると考えるには十分ではないでしょうか。
しかしVTuber活動とは、表面的に見れば私たちが普段SNSで行っていることと大きな差はありません。アバター(アカウント)という「きぐるみ」を被り、多少の演技を交えつつ、何らかの情報を発信する。ほら、SNSと変わりません。
にもかかわらず、VTuberには自己実現を志させる何かがあるとアンケートは伝えているのです。はたして彼彼女らは、「VTuberとなること」にどんな可能性を見ているのでしょうか?
今回のテキストでは人々ががなぜVTuberになるのかを、「自己実現」というキーワードを軸に考えてみます。
それを言語化した先には、様々な物がバーチャルになっていくこれからの未来に、私たちにどんな変化が訪れるか?その先触れを見ることができる…かもしれません。
この突飛な未来語りに、今少し耳を傾けてもらえれば嬉しく思います。
◆VTuberの本質とその新たな可能性
先の項で私はVTuberを「きぐるみ」「アバター」という風にSNSアカウントと同列なものと表現しましたしたが、実のところ、私はVTuberがただのきぐるみやマペットとは根本的に異なるものだと考えています。
Vtuberの本質たる「なにか」は(中略)「この画面の向こうに一個の人格として存在する、中の人でもアバターでもないVTuberという存在」、仮想の存在こそがVTuberの本質でしょう。
(中略)
VTuberという現実世界には実在しない仮想の存在は、バーチャル(仮想)世界の中に確かに存在していると視聴者と配信者がともに信じることで、真実存在しているのです。
(拙稿「Vtuberの本質とその先にあるモノ~私たちの進化の先駆けとしてのVtuber」より)
つまりVTuberとは「アバター+中の人」でも「きぐるみ」そのものでもなく、配信者と視聴者の共同幻想の中に存在する1人の個人である、というのが私の考えです。
これはいささか大げさな物言いに聞こえるでしょう。
しかしVTuberは「中の人」とは別の名前、別の人間関係、別の話し方や振る舞い、時には性別すらも異なります。そしてそんな人物がどこかにいるという思いを、演者と視聴者が共有しているのです。
これは実質的な(バーチャルな)1個の個人として認めるに十分ではないでしょうか。
この考えはペルソナという概念とも共通する点があります。これは心理学の用語で、私たちはTPOに合わせて透明な人格の「仮面」を被り、あたかも別人であるかのように振る舞いを変えているという考え方です。この別人になるための仮面を「ペルソナ」と呼びます。
VTuberのパーソナリティを構成する創作要素(アバター/名前/設定など)は、このペルソナと実に近しいように思えます。
しかし大きな違いとして、現実世界ではペルソナを被ろうともAさんはAさんでしかないのに対し、VTuberとしてのペルソナを被ったAさんは別人であるVTuber Bさんとして認識されます。
つまりVTuberとなることでAさんは「A」という物理的な個人に紐付かない、「B」という全く新たな個人へと変身することが可能なのです。
VR、トラッキング技術、通信技術といった様々な技術の進歩が可能ならしめた最大のエポックがこれであり、VTuberの可能性である…そう私は考えます。
そしてここに「VTuber」と「自己実現」という二つのキーワードを結びつける鍵があります。
◆なりたい自分を「作り出す」:VTuberと自己実現
自己実現…つまり自分が理想とする姿になることは、とても難しいことです。それには様々な理由があります。
例えば外見や身長、声、性別といった身体的要素。コンプレックス。例えば能力、知識、経験、金銭の不足。例えば周囲の環境の問題(同好の士がいない、理解してくれる人がいない等)。
どれも解決するには大変な苦労が伴うものばかりです。
またそれ以上に難しいのが心理的な制約です。
人間は本能的に自己の一貫性を保とうとします。自分は自分であらねばならない、自分らしくないことはすべきでない、と無意識に思っています。それをアイデンティティと呼ぶこともあるでしょう。
これは社会的な動物である人間の本能です。一貫性のない人間を、はたして誰が信用するでしょう?
人は物理的なもの以上に「自分」という心の枷に強く縛られており、それゆえに自己実現は困難なのです。
しかしそうした「現実の自分」から解き放たれた在り方を、皆さんは既にご存知のはずです。
そう、VTuberです。
例えば普段は無愛想で中々会話にも入れないけれど、実はもっとたくさん人と話したい…そんな思いを抱えている人。しかし現実では気恥ずかしさや躊躇い、何より「そんなのは自分らしくない」という思いが心を縛り、変わることは容易ではありません。
しかし、別の名前や姿を持ち、現実とは違う新しい自分になることができれば? 「社交的で明るいVTuber」というペルソナを被り、演じることができたら?
きっとその人は、思い切って人の輪に入っていけるはずです。「自分らしくない」と文句を言う人はもはや別人です。自分という心の枷から解き放たれ、望むままの自分として振る舞うことができるでしょう。
そこにさらなる力を与えるのがインターネットの匿名性と、VTuberの創作要素が生む自由さです。
端的に言えば、インターネット上にはいつもと違う振る舞いに怪訝な顔をする知人はいません。万が一いたとして、現実の自分ではないVTuberとしての自分とは他人です。
また簡単には周囲の人間関係を替えられない現実世界と違って、インターネット上ではもし失敗してしまったとしても環境を替えることができます。一見褒められた考えではありませんが、これは人間が挑戦する上で必要な心理的安全性が保証されているということです。
匿名性のインターネットを通じて演者と視聴者の間に存在するVTuberは「なりたい自分」に挑戦していくことができるのです。
またその「挑戦」に勇気を与えるのがVTuberの創作要素です。アバターや名前、背景設定、話し方、時にはボイスチェンジャー。そういった要素により、いわば「なりたい自分」を定義づけることができます。自分はそういう存在なのだから、そうあってよい、と。
例えば物凄く星座に詳しい人がいたとして、普段から誰彼構わず星座の話ばかりしていれば変わり者のそしりを受けざるをえないでしょう。
けれども「星座が好きな天文系VTuber」と自らを定義すれば? 星座にまつわる名前、星空をモチーフにした外見、夜空を思わせるゆったりとした語り口…そうした在り方として自分を作り出すことができます。
そして広いインターネットのどこかには、そんな星座の話を聞いてくれる人がきっといます。誰はばかることなく自分の好きな星座の話をすることができることでしょう。
化粧、変装、女装・男装、新たなコミュニティの開拓、イメチェン、偽名、引っ越し、整形、ロールプレイ…ありとあらゆる既存のどの「新しい自分になる」行為と比べても、VTuberはもっとも自由な在り方を選べる方法ではないでしょうか?
様々な技術の連なりが仮想の個人を生み出すことを可能とし、望む在り方に挑戦することを可能とする。それが実現しつつあるのが今の時代であり、それはまぎれもなく自己実現の一つの形ではないでしょうか?
◆人類の未来のさきがけとしてのVTuber
…ここで一つ自分語りをご容赦頂きましょう。
今までお話したVTuberとなることでなりたい自分になれるという話は、実のところ、私、思惟かね自身の身に起きたことでもあります。
「私」はわたし自身を「かくあれかし」という理想像として生み出しました。思惟かねという名前を与え、「私」とはやや異なる行動原理や立ち居振る舞いを覚え、望ましい外観を作りました。
初めからなりたい自分の姿や、何を為すべきかを知っていたわけではありません。けれども一つのしがらみもないこの世界で、わたしは自然と筆を執りました。今まさにこうして皆さんに書いているように、思惟かねという1個の個人として。
現実の自分ではきっと気恥ずかしくて、こんな文章は書くことができなかったはずです。けれど思惟かねとしてなら書くことができました。
それをこうして読んでくれる人がいました。反応をくれる人がいました。私のありたい姿で、私が心から書きたいと思ったものを肯定してくれる人がいる。何にも代えがたいその喜びは、おそらく理想の自分の在り方までもが肯定されたと感じたからでしょう。
気づけばわたしは「思惟かね」であり、ただ「思惟かね」として振る舞うことそのものにとても心満たされていました。
現実世界の色々なしがらみや躊躇い、そして「自分」という枷に縛られた「私」では、きっとそのどれもがなし得なかったことだと思います。
そんな風に「もう一人の自分」が私に与えてくれた勇気とその結果が結実した感動こそが、このテキストの原動力になっているのです。
そして冒頭の「なぜ趣味としてお金を費やしてまでVTuber活動をするのか?」という問いかけの答えの一つがこれだと思います。
現実のしがらみや「自分」という枷から解き放たれ、自分の望むままの姿となること。それを他者に見てもらい、肯定してもらうこと。それによって真になりたい理想の自分にもっと近づいていくこと。その喜びが、彼らを駆り立てるのではないでしょうか。
…今、こうしてバーチャルであることの可能性と喜びを享受しているのは、VTuberを初めとする少数の人たちのみです。けれど、社会にVR技術とネットワークが浸透し、どんどん世界の全てがバーチャルになっていくのなら。そして人がいずれは自己実現を志すのなら。
いつの日か私たちは、今日、学校や職場、家庭でいくつものペルソナを使い分けているのと同じくらい当たり前に、それぞれの場を自らが望むままの理想の姿で過ごし、それを通して自己実現へと進んでいく。そんな未来が、やがて訪れる日が来るのではないでしょうか。
VTuberはそんな未来のさきがけではないか、と私は思うのです。
日々世界に増えていくVTuberの中に、私は同じく「理想の自分でありたい」という思いを共有する同志の姿を幻視しています。そしてその背中にエールを送ります。
これからもVTuberは止まることなく増え続けていくことでしょう。進歩するテクノロジーが彼らに「理想の自分」になる可能性を生み出す限り。
そして「なりたい自分で、生きていく。」ことを願う人たちがいる限り。
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この記事は、以前前中後編に分けて執筆した「全てがVになる」を大幅に再編集し一本にリライトしたものです。
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この他にも、VRやVTuberに関する考察・分析記事を日々投稿しています。
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また次の記事でお会いしましょう。
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