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思惟かねの孤独のグルメ:○県×市の普通のラーメン屋「ラーメン一郎」

ひと仕事終えて、バイクを走らせていた。
夕暮れ時の少し騒がしい街並みを脇に眺めながら、そろそろ夕飯時かな、とは感じつつ、さりとてさほど空腹感もない。これといって食べたい物も思いつかない。

帰って有り物で済ませようかな、と考えた矢先、ふらふらしている前の車を避けたら、たまたま左折専用レーンに入って、帰路を外れてしまった。
まだ家には帰るなという天のお告げだろうか。なんとはなしに、そのまま道沿いにバイクを走らせる。
食指が動く店のひとつでも偶然見つからないだろうか、いや田舎にそんなものを期待するのが間違っているけれど、と思っていると、ふと道路沿いの一軒に目が止まる。

いかにも垢抜けない田舎の食堂という佇まいで、看板は少しばかり目を引くが、車では半端に入りづらく、さりとて通行人の多い場所でもない。時々前を通りがかり、そして通り過ぎていた店だった。
ここでいいや。なんとなく帰路を外れたように、着地点も結局なんとなく決まる。

駐車場にバイクを止め、改めて看板を見る。「ラーメン一郎」。店名までなんだかぼんやりしている。
さりげなく中を覗き込むと、夕飯時だが他にお客はいない。店主らしきおばあちゃんが暇そうにしている。本当に店を開けているのだろうか。不安になり、看板の明かりと「営業中」の札を何度か確かめつつ、意を決して店へ入る。


「いらっしゃいませ」

何十年と口にしてきたような角の取れた声で店主のおばあちゃんが言う。中は座敷が一つ、他はカウンター。厨房が全て見える程度のこじんまりした店内だ。カウンターの端の席に腰を下ろして、上着を脱ごうとする。

「お仕事の帰りですか」

そこでやや面食らってしまった。まさか普通に話しかけられるとは思っても見なかった私だった。「ええ、まあ」などと当たり障りのない返しをしつつ、微妙なすわりの悪さをごまかすように椅子に腰掛け直し、店内を見回した。

上を見ればメニューが張り出されている。中華そば、とんこつラーメン、つけめん、なんでもある。そして餃子…ここは期待通り、町のラーメン屋の「いけてない」香りがして少し安心する。
しかし、そのメニューのデザインがなんともラーメン屋らしくない。緑地に白文字、ゴシック体のポップなデザインだ。見ればテイクアウトのメニューすらあり、どうにもまた期待を裏切られた気分になる。
しかし店からも感じた垢抜けなさはやはり残っていて、「もしやこのおばあちゃんか、あるいは娘さんあたりが手ずから作ったのでは」と私は不意に思った。

思わずまじまじとメニューを眺めてしまって、テイクアウトはきちんと軽減税率が適用してあることや、わざわざ隅に小文字で店の住所までが書いてあることに気づいた辺りで、そうだ、私は町のラーメン屋に観光に来たのではなく、夕飯を食べに来たのだと思い出す。

「すみません、中華そばと…餃子をください」

はいはい、と愛想よくおばあちゃんが応じる。それまで静まり返っていた厨房に火の入る音がする。それで、再びおばあちゃんからコンタクトがあるのではという緊張が解けて、私は息一つ着いて店内を見回す余裕ができた。

改めて見てみると、店内は中々小綺麗にしてあって、小物が並んだ飾り棚もある。町の中華屋とあって、雑然とした潔い汚さを勝手に期待していたのだけれど。思えば、表から見た店の佇まいも掃除が行き届いていた。
それが柔和そうなおばあちゃんの雰囲気と、先のポップなメニューの印象とも重なり、私はなるほどと一人勝手に納得した。

テレビもラジオもない店内は、相変わらず私一人だけだ。おばあちゃんの烹炊の音と、表の道路から聞こえるかすかな往来の音だけが店内にある。
ポットから手づから水を注いで飲む。…おっと、よく見たら麦茶だ。少し嬉しくなる。コップを傾けながら、ぼうっとおばあちゃんのおさんどんを見ていると、なんとなしに肩の力が抜けていく気がした。


そうして散漫な時間を過ごしているうちに「おまちどうさま」とおばあちゃんがラーメンのお鉢を運んできた。その後ろでは餃子が鉄板に弾けるにぎやかな音がしている。
食前から軽い満足感を感じていたからか、あるいは依然薄い空腹感からか、不味くなければそれでいいやと、何とも中途半端な期待をしながら、湯気の立ち上る鉢を覗き込む。薄いスープから覗く縮れ麺にネギ、メンマ、煮玉子、そしてチャーシュー。至って普通の中華そばだ。町の中華屋といえばやはりこれだろう。

麺をすする。可もなく不可もなく、至って普通の麺だ。学食などで出している麺もこんな感じだったように思う。まあいい。問題のスープは…おっと、思ったより美味しい。あっさりしていて優しい味。中華そばらしくて良い。思わず早速2、3杯れんげで飲んでしまう。
箸休めにネギをつまみながら、さてそろそろとチャーシューに箸を伸ばす……と、そこで気づく。なんだかチャーシューがずいぶん大きくないだろうか。

なぜ最初に気づかなかったのか分からないが、チャーシューが2枚乗っている。しかも1枚が普通のチャーシューの軽く3倍はある。2枚でスープの表面の7割ぐらいを覆っている。チャーシュー麺を頼んだ覚えはないのだけれど、もしやおばあちゃんのサービスなのか?あるいはこれがノーマルだとしたら、チャーシュー麺を頼んだら今度こそ肉で麺が見えなくなるのではあるまいか。

まあ、とはいえいくら大きくても味が悪くては罰ゲームにしかならない。気を取り直して、恐る恐るかぶりつく。そこでチャーシューが大きいだけでなく厚いことに気がつく。食べごたえのある豚の生姜焼きみたいにぼってりしている。
咀嚼すると、中華そばに相応しい甘めの味付けが口の中に広がる。正直言って、甘いチャーシューはあまり好みでない。が、直感的にこれは悪くないぞ、と思った。…そうだ、肉の味がしっかりしている。肉が分厚いせいだろうか。そしてほどよく脂身もある。
かすかすの肉でこれをやっても砂糖をなめているような気分にしかならないのだけど、ジューシーな肉でやるとこれは存外に良い。


事ここに至って、私はこのお店を随分見誤っていたことに改めて気付かされた。人間、どうも色眼鏡をかけてみると何でも「そう」としか見えないし、「そうだ」と思いたくなるものらしい。心の中で頭を垂れながら麺をすすっていると、おばあちゃんが餃子を持ってきた。

一転、私の箸は期待に踊る。予想外に美味しかったラーメンが、餃子の期待値をも高めていた。
ただ率直にって、お世辞にも美味しそうな見た目はしていなかった。いわゆる「はね」は着いておらずパリッと焼けていないが、一方で焦げ目は黒い。形もぐちゃっとしている。
もっとも私は外見で判断することの愚かさを中華そばのスープとともに味わったばかりだったので、ためらわずに箸を伸ばした。醤油が3、酢が7、ラー油はおまけ程度に。たっぷりタレを付けて口に運ぶと、やはりというべきか、これも中身が外見を裏切っている。

まずなんと言ってもジューシーだ。あんがたっぷりはいっていて、舌に肉の旨味をはっきり伝えてくる。これは私の好きな酢が多いタレとよく合うタイプの餃子だ。仄かなニンニクの香りも嬉しい。
しかしそれ以上に良いのは、その旨味がくどくならない程度に、しっかりニラの風味が利いている。6個といわずいくらでも食べられそうだ、と考えたところで、それが先の中華そばと同じなのに気づいた。なるほど、これがこのおばあちゃんの「味」なのだろう。


そこからは夢中になってラーメンと餃子を口に運び、ほどなくして気がつけばどちらもすっかりなくなっていた。中華そばといえば、途中から薄味でやや食べ飽きて胡椒でも振るものだけれど、ついぞその気は起こらなかった。

素直に美味しかった。偶然立ち寄った店が思いの外「あたり」だった嬉しさ、店主のおばあちゃんの「味」が四方にしみた店内と料理の味を思い出して、食後の麦茶に舌鼓をうった。
そこでまたふと中華そばのスープが飲みたくなり、れんげを手に取り、再び麦茶を飲み…を2、3度繰り返して、ようやく私が満足気に落ち着いた頃、見計らったようにおばあちゃんが話しかけてきた。

最初は当たり障りのない天気の話だった。そこから私の訛りを耳に留めて「どちらから?」という流れになり、互いの身の上話になる。私の緊張は既に麦茶に解けて流れたらしい。
東京で勤めているお孫さんがいるそうだ。いつもGWには帰ってくるらしいが、去年からは時勢柄、我慢するように言い含めている。当然寂しいそうだが、しかたがないねぇと上品に笑う姿に、なぜか郷愁を感じた。

結局他の客は誰も来なかった。おかげで誰に気兼ねするでもなく他愛のない話に興じることができた。10分ほども話しただろうか、そろそろ残ったスープも冷めきったあたりで、お勘定をもらった。
会計が終わったあと、おばあちゃんが「飴ちゃんどうぞ」とかごを差し出す。店に入った直後の「ラーメン屋らしからぬ」という思いは、今度は影も見せなかった。

「美味しかったです、また寄らせてもらいますね」と言って店を出る。イチゴ味のキャンディは、安っぽいかき氷シロップと同じ味がしたが、なぜかほっとする味だと思えた。
バイクにまたがって、ヘルメットをかぶる。ふと窓越しに洗い物をしているおばあちゃんの姿が見えた。それでまたなんだかほっとした。


良いお店じゃないか。また来よう。
私は家に向かってバイクを走らせる。

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