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2025年に世界が終わるとして

新潟に帰省をした年始、母方の伯母が「ユニクロの初売りに行きたい」と言うので、それに便乗して私も茶色い軽自動車の助手席のドアを開けた。

伯母は波乱万丈な人生を送ってきたようで、片道1時間弱の車の中で、今までに聞いたことがある話も、聞いたことがない話も、いろいろな話をしてくれた。

両親と諍いをしながら、我が身一つで東京に出てきた話。日中は保険の営業をしながら、夜は横浜のスナックでバイトをしていた話。泥臭く営業成績を積み上げ、晩年(晩年なんて言い方をすると怒られるだろうか)にはトレーナーの役割も任されていたという話。自分がスナックのシフトに入る月水木金曜日には、いつも席が満杯だったという話。スナックの店員と常連を乗せた謝恩旅行のバスの中でカラオケ大会をして、テレサ・テンの曲で優勝した話。スナックの常連で同い年だった男性と恋人になり、この人と結婚するだろうと思っていた話。けれどしなかった話。また別の若い男に言い寄られ、そちらに心が動かされたから、しなかった話。結局、その「別の若い男」と結婚した話。その後、「結婚するだろう」と思っていた彼はスナックのママと付き合ったという話。一方で実際に結婚した「別の若い男」はいつしかアルコール中毒で仕事に行かなくなり、耐えがたくなって離婚したら、その数か月後に男が死んだ話。


「これは母ちゃん(伯母の母、私にとっての祖母)にも内緒だからね」なんて言いながらこぼす話もあって、その響きがくすぐったくて少し嬉しかった。


そんな伯母が最後に言った教訓は、「稼いだお金は貯めておけ」だった。突拍子もない結論。なんでも営業とスナックで大層稼いでいたのに、すぐ使っていたから大きな貯金はないらしい。ちゃんと貯金してたら今ごろ億万長者だったかもしれないのになあ、とハンドルを握って笑う伯母は、言葉では後悔の念を吐露しつつも清々しそうに口から煙草の煙を吐き出していた。


その後伯母は、2025年に日本が壊滅するらしい、みんな死ぬらしいと予言者の言葉を借りて話した。それなら貯金もNISAもiDeCoも要らないかもね、と私は笑って返した。伯母もそうだね、と笑った。続けて、もうバブルも起こらないだろうしね、と少し寂しげに笑った。

その寂しげな目の奥の、昔を愛おしむような明るい光を、私は羨ましいと感じた。


終わりがあることを忘れられるような高揚を、幸福を、感じたことがある人はどれほどいるのだろう。終わりがあると頭では分かっていても、その終わりを具体的に想像するよりも、今の楽しさを享受することにいとまがない状態。それを純朴な幼少期ではなく、ある程度の絶望や、何事にも終わりがあることへのやるせなさを知った青年期や壮年期に経験すること。それがどれだけ眩しいものなのか、私は実体験を持って知ることができていない。

だから私は、伯母に「バブルの時、どんなことを思いながら毎日を過ごしてた?」と聞きたくなった。その眩しい時間を過ごす時に、人はどんな気持ちで生きられるのだろうかと興味が湧いた。ただ、なぜかその一言が発せなかった。


令和ロマンの高比良くるまが何かの時に「長生きしたいですか?」と聞かれて、「そんな人います?この時代に」と返していたのを思い出した。長生きしたい、という気持ちはある一定の条件が揃っていないと抱きえない願望なのかもしれない。



私も特段長生きしたいとは思わないし、常に終わりがあることを考えてしまう。これは自分だけではなく、今を生きる多くの人が、終わりへ向かうやるせなさ、あるいはなかなか終われないことへの煩悶を強制的に抱かされているのかもしれない、とも思う。時代が悪いわけではないが、そういう時代なのかもしれない、と思う。


仮に2025年に私の世界が終わるとして、と具体的に考えた時、もう少しやりたいことがあるなと純粋に思った。

読みかけの本を読み切りたい。気になっていた映画を全部観たい。猫を飼いたい。バブアーの新品のジャケットが欲しい。新しいローファーが欲しい。英国で長年親しまれているような、いいローファー。もう一度ピアノを本気で弾きたい。あとギターも弾きたい。ギターを弾きながら大きな声で歌って、その歌声が誰かに届いて欲しい。フォアグラも食べてみたい。文字が書きたい。これが書けて満足だ、と思えるような文章を書きたい。好きな人と一緒に暮らしたい。大好きな両親に、何かとびきりの幸福を返したい。

長生きしたいと思えなくても、もし終わりがあるならばそれまでにやっておきたいと思えることがあるということは、明るく幸せなことだと思う。その願望を枚挙する時間は、希望的で、愛おしい時間だと思う。


もう少し生きて、動いて、感じて、伯母がちらりと見せたあんなふうな、寂しそうだけれど昔とこの世を愛おしむような目で、世界の終末を迎えられるといい。そう感じた年始だった。

今年もよろしくお願いします!

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