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母の精神が崩壊⑦ 綺麗事では済まされない現実

先生と母の話し合いが始まった。

母は、肩をすくめ、
診察室をキョロキョロと見回していた。

先生は
『○○さん、何十年も家のことして、お疲れでしょ』
『病院で、疲れをとりませんか?』
『ここでは、誰も○○さんのことを、監視したりしませんから、安心して休めますよ』と、優しく話しかけてくれた。

母は、考え込んだように、
下をうつむいていた。

高齢ということで、認知症かどうかの診察もあった。
100から連続して7を引いていくという計算。
母は、先生がびっくりするほど早く計算し、
少し自慢気だった。

幻聴と幻覚は続いており、眉間にシワを寄せ、
ずっと怯えた様子。

先生とワーカーさんが、
母を優しく、ゆっくり
入院するよう、説得が続いた。

そして、とうとう本人の同意のもと、
入院することが決まった。

しぶしぶ同意書に自分の名前を書いた母。
その後、母と私は、離れ、母は病棟へ。
私は、病棟内にある説明室へと案内された。

母の貴重品は全て持ち帰るよう、指示があり、
入院に必要なものを揃え、
後日、持ってきてくださいとのことだった。

母を見送ることができなかったが、
見送ってしまえば、
お互い、入院への意思が揺らいでしまうので、
このようなかたちを、とっているのだと、
不安な自分の心を奮い立たせた。

入院手続きも終わり、
放心状態で、病院を後にした。

父と姉に、入院したことを告げると、
2人とも安堵した様子だった。

お世話になった市の相談員の方に
母が入院したことの報告と、お礼を言わなくてはと思い、電話をしてみたが、繋がらなかったので、他の方に伝言をお願いしていた。

夕方、五時半過ぎに、相談員の方から折り返しの電話がかかってきた。無事入院できたこと、アドバイスをいただけたことに、感謝を伝えると、ずっと、心配していたことを、明かしてくださった。どんなに心配をしても、個人的なことになるので、相談員の方から、相談者に連絡をしてはいけない決まりになっているそうだ。

そして、色々なパターンがあることも
教えてくださった。

家族の精神状態が悪化していることを、
恥ずかしいと思い、どこにも相談せず、
共倒れになるケースが多く、
最悪の結果を招てしまうことが
多発しているとのことだった。

幸い、私は、早い段階で相談をして、
行動に移していたらしく、
『本当に良かった』と、言ってくださった。

誰でも、なりうる病。
ましてや、今、不安定な世の中で、心が疲れている方も、たくさんいらっしゃるはず。本来なら、一番の理解者である家族が、恥ずかしい、という思いから、病院へ行くことを躊躇しているのであれば、どうか早めに対処して欲しい。病院は気が重い…という方も、市の相談窓口に相談するのも、ひとつのキッカケ。誰かに話しをしてみるのも、キッカケ。共倒れになってしまっては、支えることもできなくなってしまう。

心を患ってしまった方が一番辛いと思う。
でも、それを見ている家族も辛い。
『本人が一番辛いはずだから、私は、大丈夫…』と
自分を追い込んでしまうと、支える側の心の余裕もなくなり、悪循環になってしまう。

社会生活のなかで、
こう思われるから、こう言われるから、可哀想だから、恥ずかしいから、という思いから、自分が我慢して、そのままスルーしておこうということが、たくさんあると思う。

でも、家族が心の病になったとき、そういった綺麗事は、まったく通用しない。自分の汚い心の部分と向き合わなくてはいけなくなり、その場しのぎを取り繕えなくなるのだ。

病棟の看護師さんに言われた言葉が、
心に刺さった。

『今は、こんな状態でも、母親ということは、お母さん、忘れてないよ。娘が倒れてしまっては、尚更悲しむよ。娘さん、無理しないで』

この言葉を聞いて、自分が無理をしていたことを初めて自覚した。








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