4月23日　石を投げる「エレベーターでの出来事」

　平日の夕飯どき。パンパンに膨らんだエコバッグを、ふらつきながら両腕で持ち堪えている主婦(36歳。エレベーター待ち中。)

　スーパーから帰る時はいつも「早くエレベーターが来ますように(荷物が重いから)・・！」「あわよくば空いていますように(荷物が大きいから)・・！」と念じている。しかし言わずもがなだがこの時間帯は仕事帰りの会社員や学生でエレベーターはいつも混み合う。この日も私含めて６人くらいが乗り合わせていて、結構ぎゅうぎゅう。階数を押したくとも手が届かなかったので、ボタン前に立っていた男の子にお願いした。

　小学校中学年くらいだろうか。まだ小柄なその子は、むっつりと黙って代わりに押してくれた。

　エレベーターは各駅停車でのろのろと昇ってゆく。乗り合わせた人たちは誰一人として階が被らず、その間ずっとその子がエレベーターボーイの役をしてくれていた。終始俯きぎみで、ーー何度も開閉ボタンを押すのが億劫だったからなのかは分からないがーーその表情には少しだけ不服さが滲んでいるように見えた。

　降りるとき、どうしようか少し迷った末にお礼を伝えた。
「ありがとう。」と目を見て。できるだけ軽い感じの声で。
　男の子は一切の表情を崩さず、無言の内にドアは閉まっていったのだけれど、その後、エレベーターホールから続く薄暗い廊下を歩きながら、私は晴れやかな気分だった。

　昔の私なら、何の返答も無い相手を前にして1人でお礼を言っていることが恥ずかしく思えてきたり、「返事くらいしてくれてもいいのに」なんて相手に期待をして、腹が立ったり悲しくなったりしていたと思う。
　けれど今回はそれが全くのゼロで、浮かんでくるのは「お礼言えてよかったなー。あの男の子の気持ちがちょっとでも良くなれば・・って思って行動できたことがえらかったなー。」という究極の自己満足に満ちた、晴れ晴れしい気持ちだけだった。
　経験上思うのは、人の心は表情だけでは窺い知れないということだ。無言で不機嫌そうに見えても、水面下ではちょっと嬉しいって思っていることもあるし、その時は受け取れなかったことも、時間が経つにつれてーーボクシングで、前半にくらったジャブが後半徐々に効いてくるみたいにーー「あの時の言葉に実は救われていたよな。」なんて感謝の念が湧いてきたりと感情が変化していくことだってたくさんある。だから思ったような反応が返ってこなくても、あまり気にしないことにしている。
　どう受け取りどう反応するのかは全て相手の自由なのだから。

　それに、そもそも私の勘違いだったのかもしれないし。
　あの男の子はあの時不機嫌でもなんでもなくて、あれが通常運転だったのかもしれない。

　まぁまぁ。それでもいいのだ。
　少しでも愛の波紋が拡がるように、水に石を投げ続けるのだ。(もしくはジャブを打ち続けるのだ。)