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【エッセイ】初めてのブリーチ〜高校の思い出〜

 私立の女子校に通っていた。
校則の厳しい学校で、髪染めやネイルはもちろんのこと鞄にキーホルダーを付けることさえ許されなかった(違反が見つかるとたとえ校舎の外にいようと容赦なく自転車で追いかけまわされた)。田舎にポツンと佇むこじんまりとした校舎で周囲に遊ぶ場所はなく、私自身が元々服装だとか外見に無頓着だったということもあり、垢抜けるということにとんと縁のない生活を送っていたのだが、そういう素朴な日々をわりと気に入っていた。

 なぜお金をかけてわざわざ髪を痛めたり耳に穴を開けるのだろう?と、当時は理解ができなかったし、オシャレーというのは髪を染めたりメイクをしたりして校則を破ることとここでは同義ーをして花の女子高校生を謳歌している人を、何となく冷めた目で見ていた。

でも私のそれは興味の裏返しでもあった。
だって親や先生が良い顔しないことをわざわざする勇気も自信もなかったから。自分にはできないことができる人たちへの嫉妬と興味がぐるぐる入り混じった思いだった。

「私はそういう人じゃない。」
そう思うことで保てるものが確かにあったから。

 今も覚えている先生の言葉がある。
ショートカット(私の知る限り3年間同じ髪型だった)に眼鏡がトレードマークで、規則に厳しい年配の先生だった。毎日同じ形の、でも少しずつデザインや色の異なるセットアップを着ていらしたのを覚えている。

海外旅行へ行ったりとバイタリティーのある先生で、授業中たまに雑談をしてくださった(中国の敦煌遺跡に行った話を聞いた記憶がある)。
 ある日のこと、美容院に行った際に髪を褒められたのだと嬉しそうに話された。
「私、今まで一度も髪を染めたことがないの。そうしたら美容師さんが私の髪を触って、こんなに傷みのない良い髪はなかなか見たことがない。って仰ったのよ。私、それを聞いてやったーーー!!!と思ったわ。髪を染めないでいたのが正解だったと分かったの。」

目の奥をキラキラさせながらガッツポーズしている先生を見て、私も誇らしい気持ちになった。
なぜって、一度も髪を染めたことのない私まで褒められたような気になったからだ。
やっぱりそうなんだ。これからも黒髪のままでいよう!と思ったその時、胸の中で小さな違和感が音を立てた。渇いた小さな豆がカランと床に落ちたみたいに。

 その時は気にも留めなかったことを今になって思い出すなんて不思議なことだ。

 その後、社会人になって環境も心境も大きく変わり、初めて髪を染めた。ある日からなぜだか黒い髪が重くて仕方ないように見えてきたのだ。といってもビビリなので、限りなく黒に近い茶髪にしかできなかったのだが。

 誤解のないようにお伝えするが、もちろん黒髪は美しい。近々黒に戻したいなとも思う。でもどちらが美しいだとか、どちらが良い悪いではなくて、その時の私は黒でいられなかったのだ。
 そうして10年以上かけて明るい色に少しずつ慣れていき、いよいよ今ではブリーチもできるようになった。そのおかげで、今の髪色は一番のお気に入りだ。

お気に入りの髪を見て鏡の前でにやけている私は、あの日喜んでいた先生と少し似ている気がする。

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