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スタッフストーリー#5 / この病院で「子育てをしながら働く」ということ

現在、ケアワーカーとして働く渕上美貴枝さんは、2020年に入浴介助のスタッフとして青梅慶友病院へ入職した。

入浴介助とは、患者様の入浴をサポートする業務に特化した介護職である。
入浴介助のパート職員として勤務していた渕上さんがケアワーカーへ職種を変えたのが2022年。
それまでの短時間パートから、常勤職員へのキャリアチェンジだった。

『スタッフストーリー』シリーズ。
今回は、渕上美貴枝さんのストーリー。

八百屋の看板娘はやがて保育士に


家業は八百屋でした。

一人娘で、小さな頃からよく店先に立っていたので看板娘という感じで可愛がってもらっていたようです。
人と接するのが好きなのは、そのころから変わっていないと思います。

幼少期の渕上さん

中学生時代にブラスバンド部で活動したこと以外は「アクティブなことは何もしてこなかった」と渕上さんは語るが、八百屋の手伝いをする中で知らず知らずのうちに人とコミュニケーションをとる力を磨いていたのだろう。
将来の職業を意識する年頃になり、考えたのは直接人と接する職業に就きたいということだった。

自分の性格や育ってきた環境からなのか、企業でデスクに座って事務の仕事をする、というイメージは持てなくて。
高校卒業後は保育士の資格が取れる専門学校へ進んで、保育士になることができました。
もちろん大変なこともありましたけど、保育士の仕事は大好きでしたよ。

保育士として奮闘していた渕上さんだったがやがて祖母の介護が大変になり始めたころ、自身も結婚や出産などライフステージの変化が重なったことで、大好きだったという保育士の仕事に一区切りをつけることになった。

介護の仕事への第一歩

保育士を退職後、家業の手伝いをしながら育児をしていたが、やがて子供を保育所へ預けて再び働くことを考え始める。

―次は介護の仕事を探そう―

それは小さな子供を育てながら保育士として働くのは難しいかもしれないという考えからだったが、専門学校時代に追加プログラムで介護も学んでいたこと、そして実際に祖母の介護を経験していたことも大きな後押しになった。

最初はデイサービスで働きました。
パートのスタッフです。
学校で学んだとか、祖母の介護を経験していた、とはいっても仕事としての介護は初めてです。
利用者の方とどんな風に接したら良いのか。
そんなことに悩みながら働いていたことを覚えています。

介護職としての第一歩を踏み出した渕上さん。
慣れない仕事に奮闘しながら、ひとつひとつ経験を重ねていた。
しかし3年が経ったころ、第3子の出産を機に退職。
その後は子育てや第4子出産などの兼ね合いをみながら、介護の仕事を継続してきた。

長く続けられる職場で働きたい、という気持ちはもちろんありました。
実は介護の仕事を始めたころから、青梅慶友病院の存在は知っていて、とても良い病院だということも噂で耳にしていました。
チャンスがあれば働いてみたいという気持ちもありつつ、一方で「すごい病院」というイメージが先行して、私には高嶺の花という印象も持っていました。

同業、それも同地域であれば「あそこはこうらしい」という噂はあっという間に広まっていく。
しかし独り歩きした噂は時にさまざまな色がつけられている。
入職前に渕上さんが伝え聞いていた青梅慶友病院の評判は
「ケアのレベルが高い」
「福利厚生が充実している」
などポジティブなものが多かった一方で
「マナーに厳しい」
「休みが取りにくい」など
働きにくいのでは、と不安を感じさせる噂もないではなかった。
青梅慶友病院で働いてみたいという思いと、一歩尻込みしてしまう感情がシーソーのように揺れていた。

偶然の出会いから青梅慶友病院へ

4人の子育てをしながら、介護施設でのキャリアを重ねていた渕上さん。
ところが、ある出会いをきっかけに青梅慶友病院との距離がぐっと縮まっていくこととなる。

偶然、息子の同級生のお母さんに青梅慶友病院で働く看護師さんがいて。
興味はありましたのでいろいろ話を聞かせていただきました。
噂ではなく、現役の職員さんから直接聞く話は説得力がありましたし、なにより彼女自身が活き活きとしているから、やっぱりいい職場なんだろうなと、慶友病院で働きたい気持ちがさらに高まりました。

子供同士が同級生だった看護師の井上さん(右)と

ちょうどタイミング良く、慶友病院から「入浴介助」の求人が出たことを知り、渕上さんは見学を申し込んだ。

-ダブルワークという働き方もある-

そう考えたからだった。

見学した印象は、とにかくきれいな病院だということ。
それに、すれ違うスタッフのみなさんが本当に感じが良くて。
「ここで働きたい」という気持ちがもっと強くなりました。

そのときの就業状況や自身の家庭環境などを慶友病院の人事担当者に伝えた上で、渕上さんはダブルワークについて訊ねた。

「大丈夫、そのまま別の職場での勤務を続けながら慶友病院でも働けますよ」というお返事をいただけました。

そうして、2020年の春。
渕上さんは短時間パートの入浴介助として青梅慶友病院へ入職した。
従来から勤務していた他施設と兼務での入職だった。

ダブルワークで大変かなと心配していたんですが、入職してからは楽しかった、という印象しか残っていないです。
新しいことができるというワクワク感が大きくて。

しかし渕上さんが入職したのは2020年の4月。
コロナの脅威に世の中がパニックになっている最中だった。
そのような状況下での入職は難しいことも多かったはず。

2つの職場で働くということは、万が一感染したときに、その影響範囲が倍になってしまうということです。
感染しないように十分すぎるくらい気を配っても、いつ自分が感染者や濃厚接触者になってしまうのか分からない。
そういう不安は大きかったです。

実際に、もう一つの職場でクラスターが発生してしまったことがありました。
そうなると、こちらの病院へ出勤することもできずシフトにも迷惑をかけてしまう。
申しわけない気持ちでいると、師長さんから連絡が来て

「大丈夫?体調はおかしくない?」

って何よりまず私の身体を心配してくださって。

職場復帰したときも師長さんだけでなく、スタッフのみなさんが優しいんです。
迷惑をかけたのは私の方なのに、無事復帰できて良かったーって笑顔で迎えてくださって。

慶友病院のそんな文化が私も大好きになりました。

誕生日にはバラの花束とケーキが

ダブルワーク生活での苦労は、コロナ対策だけではなかった。
それぞれの職場でシフト調整がされていくので、極端な時には3週間休みなしということもあった。
「やはり、どちらかに絞った方がいいかもしれない」
次第に渕上さんは、慶友病院の常勤職員として働くことを考えるようになっていった。

タイミングが良かったのだと思いますが、常勤のケアワーカーとして働けるチャンスに恵まれました。
そのころは自分の置かれた状況やこれからの働き方について、師長さんや周りの皆さんが何度も相談に乗ってくださっていました。
せっかくのチャンスなんだから「ここで働きたい」という気持ちに素直に従ってみようと、決心しました。
娘も「応援するよ」と背中を押してくれましたし。

慶友病院のレベルに合った仕事が自分にできるのだろうか。
そんな不安を抱えながら、覚悟を持っての決断だった。
今では笑い話だが、働くことに集中しようと大好きだった韓国ドラマを断つことにしたのだという。
そうして常勤のケアワーカーとして働き始め、もう少しで1年が経とうとしている。
この1年で心境はどのように変化したのだろう。

もちろん慶友病院で働く以上、覚えること、学ぶことはたくさんあります。
患者様の生活をサポート“させていただく”という姿勢をこの病院は徹底していますし、言葉遣いだけではなく身だしなみも含めて求められるものは「さすが」という水準だと思います。

一方で、働く環境はやはり素晴らしくて、それに常勤職員になったことで
リズムよく休みがとれるようになりました。

何より満足しているのは、職員同士の人間関係です。
忙しいときでもみなさん穏やかで、スタッフ同士が笑顔で働けているんです。
入職前に抱いていた慶友病院の良いイメージは本当にそのとおりで
ここに入職して良かった、と思っています。

いくら働きやすい環境があるとはいえ、子育てをしながら、日勤も夜勤もこなすのが大変であることは疑いようもない。
それでも渕上さんの口から、家庭と仕事の両立に対する嘆きの言葉がでることはなかった。
趣味や好きなことは何ですか、と渕上さんに尋ねたときのこと。
「すみません、私にはそういうものが何もないんです」と恐縮させてしまった。
それは、これまでの渕上さんの人生において、自分以外の誰かのために費やしてきた時間の大きさを物語っているのかもしれない。

私は青梅慶友病院の、他者に優しくて温かい文化をとても気に入っています。
娘からも「お母さん良かったね」と言われるくらいですから、その気持ちがにじみ出ているのかもしれません。

社会人になった長女と

仕事のリズムもできて、徐々に子供たちも手がかからなくなってきて、これからようやく自分の時間を作っていけるのかなって。

旅行に行ってみたり、
趣味を探したり、
これまでできなかったことをしてみたい。

これからの人生にちょっとワクワクしています。


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