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正月休み最終日、1人ランチとセンスの話。

有難いことに、センスが良いと言っていただける機会は、多分、人より少し多い。そんな私は植物とティファール、ヴェノムが共存する、なんともミスマッチなお部屋で生活をしています。


センスってなんだろう。とっても曖昧だなあと思うんですが、インテリアだったりファッションだったり、時には人へのプレゼントでも人に「センスが良い」と感じることがある。逆に言えば、「なんでこれとこれを合わせたんだ?センス無いなあ」と思う時も。


そういう感性って一体どこからやってくるのだろうか。




今年は朝に散歩をしたくて、今日はそれ専用の眠たい朝でもサッと履いてサッと家を出られるパンツが欲しく、街へ出た。街へ出る時は同時に"ランチチャンス"(貧乏だけどランチを食べても良いというチャンス)でもある。正月だしなんか良さげなものを…。と鴨料理店へ行き、鴨南蛮を食べた。


これに、かやくご飯も付いてた。

濃い目にとった鰹だし(多分)が身体にじわぁ~~~。やっぱり出汁無くして生きてはいけん。優しぃ~~~。年末年始に暴飲暴食した身体を癒してくれる。自宅で使う顆粒だしとは天と地の差である。しかし普段はそれでいい。


うっっっっまぁ……と余韻に浸ってる時にふと、こういう1人でふらっとどこかに行くのも久しぶりかも、と思った。


前までよく街に1人で出かけたのに、引っ越してからは近所で済ませることが多いし、近所の探索をずっとしたかった。自分の町を好きになりたくて。


今思えば1人で街に出かけて1人で買い物して、その時間って結構大事だったのかもしれない。


友達と一緒に行けば必ず、良いと思ったものが客観的にどう感じるか聞いてしまう。これはデザインと価格が見合っているか、人から見て可愛いか、良いと思うか。



1人だとそうはいかない。


自分に似合うか、自分の部屋に合うか、実用的か、良い価格か、全て自分で見極めるのだ。そういう自分で物事を見極めるのって、結構大事なんじゃないだろうか。


引っ越してからというもの、クローゼットに限界があるので、服を買うことが全く無くなってしまった。自分のために買うものといえば、生活をより豊かにするグッズ。インテリア。植物。花。


服から離れて気付いたが、私の服への物の見方は、完全に衰えたと思う。実家暮らしの時は毎日のようにZOZOTOWNにログインして新作を眺め、暇があれば街へ出てウィンドウショッピングをしたものだが、今は流行さえも私は分からない。


元々流行よりも自分の着たい服。(それさえも自分のセンス任せな気もする)
という人間だったので、流行りに乗ることはほぼ無いのだが、重要なのは流行りではなく「自分に何が似合うかが分かっている」ことが何より重要だと思う。


色、形だけで大きく印象が違うし、サイズ感も重要だ。
流行が分からなくてもいいけど、この「見る目」が衰えるのは個人的にマズイ。でも今まで養われてきた私の「見る目(センスとも言うのかも)」は日々ZOZOTOWNとウィンドウショッピングに費やしてきた時間が、きっと私の目を成長させてくれていたのだ。


それは服だけに限らず、一人暮らしを始めたことで多くの時間を自分のインテリアに費やした。ニトリに死ぬほど通って、何が自分の部屋にいいのかチョイスする。その目が必要だった。だから私の部屋は、友人に「良い」と言って貰える程度の、ちょっとお洒落感のある部屋となった。(少なくともダサくない。ここが重要。)


そんなことを考えながら今日は鴨南蛮を1人すすり、衰えた目でワークマンにて散歩用ジャケットを手に入れ、ユニクロにて散歩用パンツを手に入れた。だんだん機能性重視の服を手に入れたいその欲望に、年齢を感じている。




つまり言いたいことは、1人で出かける時間って、とても大切だったんだなあ。ただ単に出かけているだけだったのに、センスしかり、新たな美味しいランチの場所を見つけたり、自由気ままに街を歩く1人の時間は、自分が寂しいと思わなければめっちゃ楽しい有意義なひと時となる。


この1人時間を、今年はどんどん楽しんでいけるようになりたい。

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