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人生どん底でも大丈夫。10代でうつ病になった私の話【もう終わったと思ってた】


こんにちは!

Risaです。

みなさん、人生どん底だ…と思った経験ありますか?

1度や2度「終わった…」と思った経験がある方もいるかもしれません。

私も人生どん底だ…と思ったことがあります。「うつ病」になったんです。

今回は、私の人生どん底体験、「うつ病になった時の話」をしていきたいと思います。うつ病になってから元気になるまで、今の話もしていきます。

文字数8000字を超える内容です。私のうつ病の経験を全てここに残します。


もう2度経験したくない


私がうつ病になったのは、もう6年くらい前のこと。今からここに書く話は事実を全て書いていきます。もう、2度同じ経験はしたくないと言えるくらい、26年間の人生の中で最も辛い「うつ病」体験です。


うつの兆候は高3の秋から


うつ病の兆候は、高3の秋くらいからありました。この時は自分が「うつ病」だなんて思っていません。

高3の秋ということは、受験期真っ盛りです。私の志望校は「東京医科歯科大学の検査技師学専攻」が志望校でした。高3の春時点で「C判定」くらいの学力だったので、気合入れて勉強すれば合格できるかもしれないと思っていました。

しかし、秋くらいから徐々に勉強ができなくなります。学校が終わり家に帰ると、疲労が酷くて全く動けなくなったんです。田舎の高校に通っていた人はわかるかもしれませんが、受験期も学校では自由に勉強することはできません。授業優先なので、自分のやりたい勉強は学校が終わってからやるしかありません。

家に帰っても動けないので、家に帰ってから私がやることは、夕ご飯を食べて、お風呂に入って、テキストを開いてぼーっとする、これだけです。「勉強しなきゃ!」と思っているのでテキストを開くことまではできたんですが、そこから動くことはできません。ただただぼーっとしているだけ。ぼーっとするし、眠いしそんな感じの毎日でした。

高校受験の時(中3)は、毎日AM3:00まで勉強することができていたのでもともと勉強が嫌いな性格ではありません。この高校受験の時の自分(中3)と、家で全く動けない自分(高3)のギャップが大きすぎて、毎日自分の不甲斐なさにショックを受けていました。

あの時代の田舎の高校生にとって大学受験は、今後の人生を変える!と言えるくらい重要なものでした(本当はそんなことないと思えますが、あの時の自分にとっては人生をかけていました)。人生のターニングポイントにいるにも関わらず、全く動けない、勉強できないということがどれだけ辛いことか、大学受験を経験したことがある方なら少しは理解できますかね?

この状況は一気に酷くなっていきます。家に帰ってから動くことができなくなるだけでなく、朝も動けなくなります。ベッドから起き上がることができなくなります。ベッドから起き上がることができなくなるので、学校を休むことになります。日によっては9:30くらいに動けるようになって、遅刻する日もありましたが、休んだり遅刻したりする日が増えていきます。

この状況が、受験期の1番大事な時期に起こっているんです。もう、最悪ですよね。

こんな感じで家で勉強もできない、1ヶ月に数回休むか遅刻しないと身体が持たない、これでは東京医科歯科を受験することは不可能だと思って受験を諦めました。東京医科歯科を受験するためには、数Ⅲ・Cと生物Ⅱを勉強しなければいけなかったのですが、田舎の高校は高3から履修が始まるので、もう不可能でした。

勉強はこれ以上無理だと思い、今の時点の学力で入学できる関東の国公立の看護学部に志望を変えました。

志望大学を変えても、この勉強ができない状況は変わりません。頑張って高校に行き、1日を過ごす。家に帰れば動けず最低限のことだけ終わらせて寝る…そんな生活です。高校に行けば「家に帰ってから最低限6時間は勉強しよう!」とか言われます。そんな生活は、やりたくても全くできませんでした。

今ならこの状況がかなりヤバい状況だということは、わかりますが、高3の時の私は「なんでこんなに体調が悪いんだ」「なんで自分はこんなに体力がないの?」とばかり思っていました。うつ病だなんてこれっぽっちも思っていません。もちろん、親も体調が悪いことは気づいていたと思いますが、まさか自分の娘が高3でうつ病になっているとは思っていません。それどころか、「なんで勉強しないの?」「そんなんで、受験どうするの?」くらいに思っていたと思います。

こんな感じで迎えたセンター試験。ぶっちゃけると、ほとんど記憶がありません。覚えているのは国語を受けている時に激しい頭痛に襲われて問題文も文章も何も読めなくなったことだけです。もう最悪でした。何が書いてあるかすら読めませんでした。文字を読もうとすると頭は痛いし、吐き気はするし、「もう無理だ・・・」と思いましたね。

色々あった受験期でしたが、関東の国公立大学の看護学部に入学することができました。センター試験が終わってからは高校に行く必要もほとんどなくなり、早起きをする必要もなく、勉強もほとんどする必要がなかったので、具合の悪さはほとんど感じずに生活していました。

大学が決まってからは、志望校は下げた希望する学部でもなかったけど、大学生になれる嬉しさでいっぱいでした。


全て壊れた19歳


楽しみにしていた大学生活が始まります。

初めての1人暮らし、初めてのキャンパスライフ、初めてのサークル活動、全てが新鮮で毎日が楽しいと思っていました。

そんな楽しい生活も続きません。入学して3週間ほど経ったころです。授業中、コンタクトが乾いてしょうがないという異変が起こり始めます。目薬をやってもやっても目が乾きます。「なんかおかしいな」とこの時は思いましたが、特に病院に行くこともなく、過ごしていました。

それと同時に、楽しみだったサークルに行くのがしんどくなります。気持ちは行きたくてしょうがないのに、身体が「もう無理だよ」と言っているかのように疲れて足が進みません。なんとかサークルに行っていましたが、楽しいと思えませんでした。

ここから一気に体調が変わり始めます。

また朝起きれなくなりました。「朝起きれない」というのは、眠くて起きたくないという状況ではありません。起きなきゃ!と思っているのに身体が起き上がらないんです。朝起きれなくなるということは、授業に行くことができません。授業を休む日が多くなっていきます。

大学は単位制なので出席が足りなくなると単位を落としてしまします。4月の時点で単位を落とすギリギリのところまできてしましました。

そんな中、絶対に出席しなければいけない病院見学の授業がありました。もうこの時点では身体は自由に動かず、ほとんど学校に行っていません。でもこの授業だけは出席しないと、2年生になることができなかったので、無理をしてでもいかなければいけないと思い、大学に行きました。

大学に無事に着いたところまではよかったのですが、最悪の事態になります。目の前にいる友だちと話すことができません。声が出ないんです。声を出すことができなくなったので、

「ごめん、今日は喋れそうにないから、LINEで伝えるね」

とLINEを送りました。
今考えても怖いですよね。目の前に友だちがいるのに話せないんです。話せないというか、声が出ません。

この日を堺に、私は大学に行くことができなくなりました。


病院で「うつ病」と診断される


この辺から記憶が曖昧になっていますが、思い出せるだけ思い出して書いていきます。

どういう経緯で母親が自分のところにやってきたかわからないですが、母親が私のところにやってきて、病院に連れていかれます。その病院で「うつ病」と診断されました。

「うつ病」と診断された時、安心した自分と絶望した自分がいました。安心した理由は、今まで朝起きれなかったり、大学に行けなかったりした原因がわかったからです。自分が悪いんじゃなくて、病気が悪いんだと今までの行為を病気のせいにできたことで安心することができました。逆に絶望した理由は、「うつ病」への偏見です。うつ病は人と違う、何もできない、もしかしたら自殺するかもしれない、そんなことを考えると自分の人生に絶望を感じました。

「うつ病」と診断されてからの生活は、人間のクズみたいな生活でした。お医者さんから「早起きだけはしろ」と言われていたので、毎日7時には起きていました。しかし、朝起きて朝ごはんを食べたら寝る…みたいな生活をしていました。

・朝7時:起床、朝ごはん(白飯のみ)を食べる
・朝8時:寝る
・12時:起きる、昼ごはん(白飯のみ)を食べる
・13時:寝る
・17時:起きる、夜ご飯(白飯のみ)を食べる
・18時:バイト
・22時:帰宅、寝る


こんな生活です。
ご飯は基本的に白飯のみ(味がないので味噌をつけてました)。ご飯とバイト以外の時間は全て寝て過ごしていました。約16時間くらい寝ていました。

「バイトは行けたんだ!」と思う方もいるかもしれませんが、バイトは私にとって唯一の社会とのつながりでした。うつ病になって学校に行けなくなって、寝ることしかできなくなった自分は、このまま社会とも決別になってしまうのではないかという恐怖に襲われていまいた。社会とは繋がっていたい!と思ってバイトだけはしていました。幸い、1日中寝て過ごし、夜は少し元気になることができたので、バイトは無理なく行くことができていました。


この生活をしている時、実家には帰っていません。実家に帰ったら高校生の弟がいて、普通に働いている両親がいてそんな中で1日中寝ている私がいる…そんな状況を想像するだけで辛すぎたので、実家に帰ることをやめました。周りにちゃんと生活している人がいるのを見ると、もっと自分を責めそうでした。

自分の殻にこもりながら、ひたすら自分を守ることに必死に生きていた気がします。


何回も失神する


うつ病と診断されてから、人間のクズみたいな生活をしていましたが、クズ生活の中で何度も失神していました。

1日の生活のほとんどを寝て過ごしていましたが、立ち上がらなけばいけない場面があります。立ち上がると、急に激しいめまいに襲われて、そのまま失神してました。めまいのまま立っていると危険だったので、壁の近くに行こうとするのですが、壁のところにたどり着くと、意識とは関係なく、壁に頭を打ち付けていました。「ガンガン!ガンガン!」と激しい音が部屋の中に響いていたことを覚えています。

これ本当に怖かったですね。
自分の意識とは無関係に頭を壁に打ち付けているんです。壁に打ち付けたあとは、そのまま後ろにひっくり返ります。後ろにひっくり返ったあとは、記憶がありません。多分、すぐに目を覚ましていたはずですが、壁に頭をうちつけているので、おでこが赤くなっていたり、倒れた時にどこかにぶつけて腕から血を出していたこともありました。

病院からは、薬の影響ではないと思うと言われたので、別の大きな病院に行きました。1日心電図をつけて検査してもらったこともありますが、原因はわかりませんでした。

この失神騒ぎは2週間くらい続いた気がします。うつ病になって結構上位に入る怖い体験でした。


普通に生きたい


うつ病になり、自分の殻の中に閉じこもっていても、どうしても周りと比べてしまう自分がいました。この時に毎日思っていたことは

「普通に生きたい」

ということ。普通に大学に行って、普通に授業受けて、普通にサークルに行って、普通にバイトして、普通に友だちとご飯食べて、普通に自炊して…そんな生活がしたいと考えてました。考えて泣きそうになって、でも泣けなくて…そんな毎日でした。

うつ病が1番ひどかった時は、泣きたいと思っても涙が出てこないんです。なぜかわからないんですが、涙が出てきません。涙が出てこないからもっと辛いんです。

普通に生きたい。。。
かわいくなりたいわけでもない、勉強ができるようになりたいわけでもない、お金持ちになりたいわけでもない、ただ普通に生きたかった・・・そんな時に父親から言われた言葉は今でも忘れません。

「普通って何?Risaの思う普通ってわからないけど、普通って人それぞれ違うんじゃない?みんな見えないところで、色々抱えながら生きているんだと思うよ。見せてないから普通に生きているように見えるだけ。」

当たり前の言葉かもしれませんが、この言葉に救われた自分がいます。もちろん、「普通になりたい!」と強く願っていた時(うつ病が最もひどかった時)は、この言葉を受け入れることができませんでしたが、症状が少しずつよくなってから、この言葉の重要さに気づきました。

結局、自分と同じ人生を送っている人なんて誰1人としていないんです。つまり、普通の人生ってないんですよ。私の人生は私だけのもの。普通を目指す必要はこれっぽっちもないんだなと今なら思えます。

ちなみに、この時点で大学は休学しています。入学してからたったの2ヶ月のことでした。

そして、このうつ病が最もひどかった時期の記憶は、ほとんど残っていません。どうやって生活していたのか、何を考えていたのか、ここに書いたこと以外覚えていなんです。人間って面白いですよね。人生で最も辛かった記憶を消してくれるんです。消してくれるからこそ、今この時期のトラウマに苦しむことなく生活することができています。


少しずつ回復してくる


こんな暗闇でどうしていいかわからない日はずっとは続きません。うつ病と診断されてから約4ヶ月くらい経ち、少しずつ動ける時間が増えてきました。8月くらいだったと思います。

そんな時にバイトで出会った小学校3年生の女の子がきっかけで、「教育学部」に興味を持ち始めます。教育学部の中でも「特別支援教育」に興味を持ちました。

ちなみに、先生になる気は全くありませんでした。なんなら、「教員」という職業には不信感しかありませんでした。教員には不信感しかなかったけど、特別支援教育には興味があるし、せっかくなら、この不信感しかない教員を生み出す教育過程を見てみたい!という不純な動機で、教育学部を受験することに決めました。

まだずっと動くだけの体力はなかったので、午前中の2時間だけ英単語を勉強していた気がします。

この時期は、自分のペースで生活することができたので、体調が優れない時は勉強はお休みにしたり、少し良くなったら本屋に行って参考書を買ったりその日の体調に合わせて生活できたので、勉強も楽でした。

2回目のセンター試験が近づいた年末年始に勉強のスパートをかけました。この頃には1日起きていられるくらいまで体調が復活していました。クリスマスくらいから毎朝7時に家を出て、自転車で30分のスタバまで通っていました。午前中と午後で店舗を変えながら、1日勉強していました。多分、家での勉強時間も含めたら、12時間くらい勉強していたと思います。

高3の時にやりたかった生活(たくさん勉強する生活)ができていることに喜びを感じで、勉強することが楽しくてしょうがなかったです。
「自分ってちゃんと勉強することができるんだ」と実感することができて本当に嬉しかったです。

そんな感じで、センター試験を受け、大学の2次試験を受け、無事志望していた大学に合格することができました。関東の国立大学です。最初の大学よりも東京に近づきました。


うつと向き合いながら2回目の大学生活


2回目の大学生活は、「うつ」と向き合いながらの生活でした。生活自体に困難はなかったですが、「うつ」が完全に治ったわけではなかったので、無理はできませんでした。

友だちと授業終わりにご飯に行ったり、サークルに参加したりすることは諦めていました。まずは自分が壊れないように生活することをとにかく考えていました。

この頃に気をつけていたことは、「1日に1つの予定まで」です。

予定のはしごは絶対にしないようにしていました。周りの友だちは、バイト終わりに友だちと遊んだり、サークルに行ったりしていましたが、その生活をしたらまた自分が壊れてしまうことがわかっていたので、絶対にしないようにしてました。

大学1年生のころは、まだ急に朝動けなくなることもあったので、授業を休んでしまうこともありました。そういうことがまだまだあったので、同じ学科の友だちには、自分が「うつ病」であることを打ち明けていました。打ち明けることで、周りがどう思ったかはわかりませんが、私は休みやすくなったのかなと思います。


22歳くらいからは自由に生きられるように


大学3年、22歳くらいからは比較的自由に生きられるようになりました。病院に通うことも辞め、抗うつ剤を飲むことも辞めました。薬を飲むことを辞めることは心配でしたが、問題なく生活できました。

22歳で薬を飲むことを辞めたので、約3年間うつ病の薬を飲んで生活していたことになります。

この頃には予定を1つと決めなくても、自由に生活できていました。本当に嬉しかったですね。「人生ってこんなに楽しいんだ!!!」と久しぶりに感じたかもしれません。

高3からずっと苦しい毎日を過ごしていたので、自分の思い通りに生きられることが嬉しくてしょうがなかったです。

勉強したければ勉強できるし、遊びたかったら遊べる、自分がこうやりたい!と思ったことがあれば、行動さえすれば叶えられるということが最高に幸せでした。そして、最高に幸せな日々が今も続いています。


人生どん底だと思ってもいつか這い上がれる


人生どん底だと思うことは、これを読んでいるあなたにもあるかもしれません。どん底にいる時は、「一生このままかもしれない…」と思うこともあります。

だけど、人生どん底だと思っている時間はいつか終わります。私も人生終わりだと思いましたが、今は最高に元気に過ごしています。

18歳の大学受験期に全く勉強できず、乗り越えたと思って大学生活始めたら、声が出なくなって友だちと話せなくなり、うつ病だと診断されて1日16時間睡眠の生活、壁に頭を打ちつけてそのまま失神・・・

生きている意味さえわからなくなっていましたが、今こうやってこの文章を書いている私は超ハッピー野郎です。

もし、人生どん底だと思っている方がいたら、1つだけやって欲しいことがあります。

「全てを放棄して休む」

とにかく休んでください。私がうつ病になったけど、うつ病のことをこうやって振り返ることができるくらい元気になった理由は、16時間も寝ているクズ生活をしていたからです。あの時、全てを捨てて(正確にはバイトだけは捨てられませんでしたが)、何もしていなかったからこそ、早く回復したと思います。

「休んで!」と言われても、休むこと自体が怖い人もいるかもしれません。それも理解できます。私も休むことで自分が自分でなくなってしまう気がしてました。しかし、どん底だ…と思っているなら休んでほしいです。

人生はいくらでもやり直せます。
この言葉が「嘘だ!」と言う人もいるかもしれませんが、本当にやり直せます。休んでいる1年や2年(もしかしたら5年になるかもしれませんが)は、捨てることになるかもしれませんが、この1年や2年捨てたところで、あなたの人生は終わりません。元気になったらいくらでも行動して追いつけます。

周りを見渡せば、元気なのにも関わらず何もしていない人はたくさんいます。なら、たとえ1、2年を休む時間にしても、いくらでも追いつけます。

1回休むことのメリットは他にもあります。1回完全に休むと、自分のどん底の手前がわかるようになります。特に私のようなうつ病は、再発率がかなり高いです。1回しっかり休んだ経験があるからこそ、再発しそうな手前がわかるようになり、再発する前に休むなど対策をすることができます。対策さえできれば、こっちのものです。

こんなこと言っていますが、本人にしかわからないことが多いのが事実です。私は、うつ病になりましたが、ぶっちゃけ「うつ病」になった人の気持ちはわからないと思います。私のうつ病と他の人の「うつ病」は絶対に違うはずです。また、どん底だと感じている人の理由もそれぞれ違うはずです。

人それぞれ違うということは、私には理解できないということです。この文章のどこかにも書きましたが、「うつ病」の最も苦しかった時の記憶ってほとんどないんです。失神したとか、生活がこうだったという見えることは、覚えている部分もありますが、どんな気持ちであの時間を過ごしていたのかは、ほとんど記憶にありません。覚えていないので、うつ病でどん底にいる人の気持ちを私は共感できないと思います。

他者のうつ病やどん底の状況を理解や共感はできないけど、私のこの経験が誰かの役に立てばいいなと思ってこうやって書いています。

ここまで8000字を超える文章を最後まで読んでくれる人がいるかわかりませんが、私の人生の経験をここに残しておきたいと思います。

もし、質問等あればツイッターにお願いします。

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Risa

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アラサー社会人りさです。 このnoteは、アラサー社会人の私が日ごろ思っていることを日記のように書いています。 少しでも、いいなと思ったらフォローしてくださいね♡ 保育BLOG→https://risahoikublog.org/