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アナと雪の女王(2013) 「愛と恐れを育むもの」

ディズニー初のダブルヒロインに、強めのミュージカル演出、華やかな絵面と強いメッセージ性で、新生ディズニーを世界に知らしめた記念碑的作品。過去のディズニー映画のエッセンスを汲み取りつつも、「愛」という伝統的なテーマの新しい解釈に挑戦した見応えのある作品です。

言わずもがな、主題歌の「Let It Go」が日本でも大ヒットし、映画館で歌いながら見る「応援上映」がちょっとしたブームになるくらい、その音楽で知られた作品です。改めて音楽の力を思い知ると同時に、ズートピアのレビューでも書きましたが、それが作品から一人歩きした時に、全く意図しないメッセージとして存在してしまう危うさをも感じさせます。また本作は、ターザン(1999)のクリス・バックと共に、2020年現在のディズニーのCCOでもあるジェニファー・リーが監督・脚本を務めており、今後のディズニーがどのような方向に向かうのか考える上でも重要な作品となっています。彼女らがディズニーの伝統をどう描き、どう変革しようとしたのか、この部分にも注目して、見ていきたいと思います。

始まりは北欧の民族歌をイメージさせるようなコーラス。「星に願いを」のジングルも、ミッキーの口笛の音も聞こえません。魔法の存在を感じさせる旋律と共に、氷の結晶が映し出され、早々にFROZENのタイトルが現れます。テンポのよさと同時に、安定感のあるミュージカルを期待させる始まりです。オープニングソングである「氷の心」はレミゼの「Look Down」にも似た無骨な曲調ですが、"Let it go"や"Bewear the frozen heart"など、歌詞にはしっかりと物語のキーワードが散りばめられており、プロローグ的な役割を果たします。(吹き替え版は、むさ苦しい男たちが、ただ頑張って氷を切り出している歌になっていますが…)続いて主人公のアナとエルサが登場、無垢で恐れを知らないがゆえに、幸せだったひと時が描かれます。しかしそれも束の間、魔法での雪遊びの最中にエルサは誤ってアナを傷つけてしまいます。これをきっかけに、「楽しく夢を叶えてくれるもの」であった魔法は、「制御できない内なる恐怖」へと一気に変貌してゆくのです。ディズニー作品が訴え続けてきた魔法の力を、決して否定せず、むしろその強大さゆえに恐ろしいもの、自分でコントロールできないものと捉えているところに、早速アナ雪の挑戦的姿勢がうかがえます

物語としては、ここからエルサの暗く長いトンネルが始まります。愛する人を傷つけるのを恐れ、心の扉を開かなくなってしまうのです。言わずもがな、「扉」は本作の重要なモチーフです。「雪だるま作ろう」「生まれてはじめて」「とびら開けて」と、立て続けにアナの歌が続きますが、どれも扉をテーマにしたもの。扉一枚挟んだ二人の孤独、初めてお城の門が開かれることに対するアナの希望とエルサの不安、愛が扉を開いた喜びなど、これでもかという「扉縛り」の楽曲で、徹底的に扉モチーフを印象付けています。

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また、これらの楽曲中には、エルサが徐々に強まる魔法の力を制御するため感情を抑圧しようとする姿とは対照的に、奔放で前向きなアナが描かれますが、このアナの言動は、まさに伝統的文脈におけるディズニープリンセスの動きそのもの。「真実の愛」に憧れ、出会ったばかりのプリンスと恋に落ちる彼女は、ディズニーの伝統への向き合いという意味でも、エルサと対比されています。このアナVSエルサの構図は、パーティシーンでの諍いで決定的となります。アナは、「真実の愛」を後ろ盾に、人を拒み続けるエルサを「愛を知らない」と非難してしまうのです。これに動揺したエルサは、魔法をコントロールすることができなくなり、周りから化け物だと恐れられます。「愛」による怪物化「ノートルダムの鐘」でも生じたことですが、ノートルダムの鐘と異なるのは、アナがすぐにそれを否定し、自己の言動を反省したこと。このシーンを見るにつけても、アナが自己中ワガママ娘ではなく、前向きさと素直な心を持った応援すべきヒロインであることがわかります。

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結局エルサは扉を開け放って出て行ってしまいますが、注目すべきは決して扉を閉じてはいないこと。エルサをよく見ていると、扉から逃げてはいますが、自ら閉じることはしていないのです。ではエルサが扉を閉じるのはいつか。そう、例の「Let It Go」を歌い終わった瞬間です。彼女は他者を傷つけない為に自分を抑えてきた過去から決別し、自由に生きることを宣言します。「自分を自由にするのは自分だ」ということに気づいたという意味では、アラジンに通じるところがありますが、大きく異なるのは「なぜ誰かの為に自分を犠牲にしなければならないのか」「この枷がなければ自分はもっと輝けるはずだ」と、自己の不自由を他者のせいにしている点。初めは、家族を傷つけないために、つまり愛のために耐え忍ぶ道を選んだはずなのに、力を抑えられない焦りや恐怖、自分の苦しみを理解しない他者への不満、何も知らずに真実の愛を語るアナへの苛立ちなど、負の感情が募っていき、爆発してしまった。やはり、自分一人で感情を抑え続けることなど出来はしないということでしょう。(ではどうすれば、感情をコントロールできるのか。その答えばクライマックスで明らかになります。)そうして、自由になるためには、自分だけの孤独な城に閉じこもるしかないのだと結論づけます。確かにそれは、真の自由に対する一つの答えかもしれませんが、これは人々の間で生きることの否定、つまり「人間」をやめることです。「人のせいにすること」と「人間を否定すること」、これがディズニー映画において何をもたらすかはもうお決まりですよね。物語の構造的に言っても、エルサは「ありのままに」生きることによって、誰かのためという「愛する心」を忘れ、化け物になる道を選んだということになります。ですので、もし「Let It Go」という歌だけを聞いて、「ありのまま生きることって素晴らしいんだ!」と捉えてしまったとすれば、それは作品の真意とは大きくかけ離れたものだと言わざるを得ません。これは音楽の力の暴走と捉えることもできます。魔法の力が暴走し制御できなくなったように、現実世界で音楽の力が暴走し、作品の意図とは違うメッセージが世の中に受け止められている可能性があります

ここから暫く、アナとクリストフ、そしてオラフの冒険パートが始まります。本作のテンポの良さは各キャラクター描写にも貫かれており、それぞれが自分の役割をきっちりこなすため、観ていてストレスがありません。ストーリーを前に進ませながらも、観客がキャラクターの個性を理解していく組み立てをしているので、本当に無駄がない。例えば、アナがクリストフを「雇う」シーン。彼女は弱みを見せたり、闇雲に助けを請うのではなく、自分の持てるもの(ここでは王女としての財力)でもって、毅然と交渉をするのです。作品序盤では王子様との出会いや真実の愛に憧れる「伝統的プリンセス」要素を強くもっていましたが、一方で自分の力で物事に立ち向かおうとする強い女性であることが、矛盾なく示されています。またオラフは、今作における「導き手」として描かれます。おとぼけマスコットキャラかと思いきや、エルサの氷の城への道案内から始まり、囚われたアナの扉を開き、彼女と観客に「本作における真実の愛とは何か」を教える役割を果たします。クリストフは優しさと勇気を兼ね備えたヒーローに相応しい好青年。物語的に「かませ」になってしまう、ちょっと可哀想な役どころではありますが、クリストフを変に弱々しく描かず、ヒーローとして描き切ったところに、脚本への自信を感じることができます。というのも彼は、本作における伝統的プリンス=男性の象徴。クリストフ(=伝統的プリンス)の魅力を損なわずに、キャラクター描写と脚本でもってアナ(=新しいプリンセス)の強さを際立たせるという、作品のメッセージ性とキャラクターへの愛を両立させた見事な描き方だと思います。(近年一部のディズニー映画では、「ある人物の強さを際立たせるために、他のキャラクターを蔑みの対象として描く」というレトリックが使われますが、そんなのはこれに比べれば陳腐そのもの。作者の言いたいメッセージを伝えるために、キャラクターを殺してしまう、ディズニーにあるまじき愛のない悪手と言えるでしょう。)

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物語中盤のミュージカルパートは、これまでのディズニー映画とは少し異なる、アナ雪独特なものが多くみられます。氷の城でアナとエルサが出会った時の「生まれてはじめて(リプライズ)」は、二人が折り重なるように歌う本格的なデュエット曲。レミゼの「The confrontation」のような、歌で持ってそれぞれの思いをぶつけ合う名シーンですが、なかなか他のディズニー作品ではみられないような激しいもの。クリステン・アンダーソン=ロペス&ロバート・ロペスという夫婦コンビが、ディズニー音楽に新しい風を吹き込んでいます。(ちなみに二人はのちにリメンバー・ミーの主題歌も作曲しています。)あと面白いのは、トロールたちが歌う「愛さえあれば」。これ、ただの勘違いであそこまで歌い切ってるのも凄いですが、婚約者なんて奪い取ればいいとか、かなりめちゃくちゃ言ってるんですよ。ここで歌われる「真実の愛」は、アナが作品冒頭で憧れていたものと同じく、非常にチープで表面的なものです。「真実の愛とは何か」を深く考える準備をするために、あえて勘違いの文脈で言葉を乱用することで、言葉そのものの価値を下げているようにも思えます。誰かに皮肉を言わせることもなく、音楽の使い方によってテーマに繋がる問題提起を挟み込むという、非常に気の利いた演出です。

終盤はいよいよ「愛とは何か」に深く切り込んで行きます。「真実の愛のキス」という「ディズニーの伝統」への裏切りも鮮やかですが、そこからアナとオラフの「愛の問答」に繋がるのがまた美しい。「愛が何かわからないの」という問いに対する、「自分よりその人のためを思うこと」というオラフの答えは、これまでも存在してきたディズニー的愛の解釈そのものですが、直前の裏切りのおかげで、また新鮮なものに感じられます。トロールのところで、「真実の愛」という言葉を一旦リセットしたことも効いているのでしょう。ここまでくると、最後のアナの選択はもはや必然かと思われますが、最後まで手を抜かないのがこの作品の凄いところ。エルサの絶望が極まった瞬間、あらゆる物は凍りつき、空中でわずかに揺れる雪以外、背景が全く動かなくなる静寂の世界が現れます。まるで絵画の中で人物だけが動いているようなこの演出は、一見不自然にも見えますが、絵画と言えば、物語序盤、外に出られないアナが一方的に話しかけていたもの、言ってみれば孤独の象徴です。つまりこの絵画的世界は、エルサが作り出した究極の孤独の世界だと思われます。「Let It Go」の際に、孤独もまた自由への道の一つかもしれないと書きましたが、その文脈に沿って言えば、アナの死によってエルサは完全な孤独を達成し、究極の自由を獲得したことになります。果たしてそれは幸せなのでしょうか。もちろん人によって、それは救いなのかもしれません。しかし、少なくとも本作はこう言うのです。人とのつながりを断ち切ることで得られる自由は、額に縁取られた絵画の中で過ごすようなものなのだと。

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それでは、エルサに自由を与えたのはなんなのでしょうか。それはもちろん、アナの「真実の愛」に他なりません。オラフが語った「自分よりその人のことを思うこと」を、アナは身を以て体現したわけですが、この作品が示した「愛」の解釈は、「真実の愛は男女間だけでなく、姉妹間にも存在する」なんて小さい話ではないと思います。(ただし、クリス・バック監督が言う本作のメッセージは「姉妹の絆」。もちろん物語的には間違ってないのですが、それの何が面白いんでしょうかね…。一方、共同監督のジェニファー・リーが語っていた本作のテーマは「恐れと愛」。どちらが今後のディズニーを背負って立つべきかは、言うまでもないでしょう。)

本作における「愛」の役割としてまず面白いのは、他者に向けられている愛が、「自分を救うもの」として描かれていたと言うことです。アナの氷が溶けたのは、「魔法のキス」のように、誰かから愛を与えられたからではなく、アナ自身が真実の愛を持っていたから、人を愛することができたからです。こう書くと、「なんだ、結局アナが全部一人で解決しただけじゃないか」と思われるかもしれませんが、それは正確ではありません。アナひとりでは、決して「真実の愛」に到達することはできなかったでしょう。多くの人と出会い、時に傷つきながら、彼女は成長していきました。その中で、人を愛する心を育んで行ったのだと思います。これまで「愛を育む(はぐくむ)」というと、愛し愛される二者間で行われるものであり、ある種閉じた関係性での出来事のように思われてきました。しかし、本作で語られたのは、人を愛する心は、より開かれた関係性の中で育つものだということ。過去を拒絶し、孤独の城に閉じこもっていては、「真実の愛」には決して到達しません。心の扉を開いて、世界に、人に、自分に向き合って、愛とは何かを考える。その経験の積み重ねこそが、「人を愛する心」を育てるのだと思います。そして、そういう心を持つことが、結局は自分の幸せにつながっていくのでしょう。

物語のラスト、ついにエルサは魔法をコントロールできるようになります。トロールのパビーが語ったように、魔法のコントロールするためには、恐れの感情を乗り越える必要があるのですが、エルサと両親は、扉を閉じて感情を抑え込むことでそれを実行しようとし、失敗しました。愛とは異なり、恐れは孤独の中でも育ち続ける感情です。手袋をし、人に触れることもできない孤独の中で、エルサの中の恐れは抑え込むどころかますます大きくなって行ったのだと思います。そうではなくて、人との繋がりの中で、恐れを上回る感情を使っていくこと、本作で言えば、愛する心を育てていくことが重要だったのです。アナの氷が溶けた時、エルサはアナを抱きしめますが、エルサが人に触れるのは、子供の頃の事件以来初めてのこと。この繋がりの中で、エルサはアナの愛に触れ、愛する心を思い出し、ついに恐れに打ち勝つことができたのでした。ダブルヒロインという設定を、「恐れと愛」「孤独と繋がり」というテーマに対応させながら、最後は王道の「真実の愛」に落とし込む、ディズニー映画にふさわしい見事な脚本だと思います

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音楽に着目されがちですが、作品としての見所は多数。単なる「流行りの映画」ではなく、改めてじっくり見ると新しい発見をすることができると思います。伝統への挑戦と、王道の条件を押さえた、ほんと、いいディズニー映画です。



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