1-5. 地味で平穏な日常生活と地下アイドルへの葛藤に極限まで追い込まれていた俺は、先生の声で我に返った。

 地味で平穏な日常生活と地下アイドルへの葛藤に極限まで追い込まれていた俺は、先生の声で我に返った。

 クラスメイト全員が俺を見ている。

 正確には一分間に一一〇回転の勢いで高速回転し続けるシャープペンシルを見ている。

「い、いや。これは―」

 やってしまった。クラスメイトの「なんだ、こいつ(笑)」的な視線が痛すぎる。

「まあいい。とにかく時間だ。だがな、わたしも鬼ではない。難波、おまえに最後の解答権をやろう。ちょっと埋没しかけている転校生が活躍するチャンスだぞ」

 先生、そんなフラグは立てなくてもいいです。

 俺は大きく深呼吸をした。図らずも積極的に他人に任せるという作戦が崩れてしまった今、せめてワン・オア・エイトのライブは死守しなければならない。

「……二問目の記号は、方程式ではなくクラス名を表しています。たとえば1-Cは一年C組のことです。そして俺たちなら答えられるということは、クラスはこの学園のものと考えることができます」

 各学年にAからEまでの五つのクラス。一クラスの人数は四〇名。

「ここから二問目の式は四〇×四〇×四〇と置き換えられるので、答えは六四〇〇〇」

 先生は眉をぴくぴくと震わせたまま、なにも返さなかった。そのかわりに黒板に「自習」と書き殴ると、よろめきながら教室を出ていった。同時にクラスのどよめきが歓声に変わる。

「難波、すげえな!」「どういう頭の構造してるんだよ!」「……あ、ああ、たまたまだよ」

 話しかけてきた名前も知らないクラスメイトたちをやり過ごす。今日は目立ってしまったけれど、地味に過ごしていれば、すぐに平穏な日々が戻ってくるはず。そう考えてスマホに目を移したときだった。

「ちょっといいかな?」

 妙になれなれしい男の声に、俺はすかさず身がまえた。すぐ左横に人の気配。目の片隅で揺れる男の長い髪が、こいつは一問目の問題を解いた男だと教えてくれた。

「二問目の解答、完璧だったね。最悪のときは僕が答えるつもりだったけど、意外な伏兵だったな」

「はあ。ありがと。ところでさ。きみは誰?」スマホの画面を見たまま返した。

「あれ? 転校初日にあいさつはしたんだけどな。……まあ、いいか。僕は対馬祐士。あらためてよろしく」

 ごめん。まったく記憶にないです。覚える気もなかったんだけど。

「実は、この学園にはパソコン部があってね。僕はそこの副部長なんだ」

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