6-1.初めて病院に行ってから、あっという間に一〇日が過ぎていた。

 初めてユウシの病院に行ってから、あっという間に一〇日が過ぎていた。

 そのあいだ俺は、一度だけ病院に行った。ユウシは集中治療室から出て、たくさんのパイプや管から解放されていたけれど、あいかわらず静かに眠っているだけだった。俺は「入院して太ったんじゃないか」とか、「看護師さん、名前まちがえてるよ」とか、いろいろとつっこんでみたけれど、なにを言っても反応のないユウシの側にいるのは、正直、つらかった。

 だから、シイナ先生からメッセンジャーで、俺たちがユウシの家に行ってもいい日と時間が決まった、と教えられたときは意外な気がした。だって、事故からまだ一〇日しか経っていないのだ。

『なんでも父親の都合で、この日しか時間が取れないらしい』

 都合ってなんだよ? 一瞬、そう思ったけれど、俺たちは、あくまでうかがわせてもらう立場だ。俺はシイナ先生に感謝の返信をすると、すぐに他の三人にメッセージを転送した。これといった決定的な情報もなく、空振りが続いていた俺たちにとって、ユウシが残した記録は最後の希望だった。

 先生からは続けて『現実の家はロールプレイングゲームの家じゃないんだから、家捜しはうまくやれ』とか『疑われるような状況になったら、目を思い切りうるうるさせて謝れ』といった、本当に役に立つのかどうかあやしいアドバイスがきた。こんなので、よく不正アクセス禁止法を見過ごすことはできない、なんて言えたもんだ。既読無視もアレなので、俺は「たぶん大丈夫」とだけ返答した。

 ユウシのお父さんに指定された日も、朝からうだるように暑い夏の日だった。俺たち四人は、昼前に部室で集まり、今日の作戦を確認してから、ユウシの家に行くために駅に向かった。改札を通り、ホームへと続く階段を降りる。電車に乗るまで、みんな、なんとなく無口だった。

 ユウシの家は、学園前の駅から私鉄を乗り継いで三〇分ほど行ったところにある世田谷区の外れに建っていた。外れといっても、あたりは東京都で一、二を争う高級住宅街。どの家も、横幅だけで家のマンションの基礎ぐらいはある。駅から続く路地を歩いているだけなのに、ヒロムやジュンペーの浮き具合がハンパない。これで制服を着ていなかったら、存在さえ許されないんじゃないだろうか。

 違和感だらけの異次元空間を一〇分ほど歩くと、生け垣に囲まれた白い門があった。門に埋め込まれた金属製の表札には「対馬」の筆文字。それだけで、インターホンを押す人も選んでますから的な無言の圧力を感じる。三人は門の前に立ったときから、俺と目を合わせようともしない。

「わかってるとは思うが、ここは絶対に俺の出番じゃねえ」

「自分は、こういう安っぽい電気機器に触ると、アレルギーが出るのだよ」

「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕には、む、む、無理、なの、でです、です」

「……おまえら、あとで覚えとけよ」

 俺は、自分の頭の中で考えられるかぎりのまじめな顔を作ると、ゆっくりインターホンを押した。蟬時雨に溶け込む呼び出し音。少し間が空いてから、インターホンに反応がある。

「はい。どちらさまでしょうか?」

「初めまして。囲町学園でユウシくんと同じパソコン部にいる難波と申します。シイナ先生からお聞きになっているかと思いますが、今日はユウシくんが持ち帰っていた部の運用記録を探させてもらえないかと思っておうかがいしました」

「あなたが難波さんね。椎名先生からお話はうかがっておりますわ。今、扉を開けますね」

 インターホンが切れると、カシャンと小さな音を立てて、門が内側に少し開いた。ギクシャクした足取りで門をくぐり、手入れの行き届いたアプローチを通って、玄関へとたどり着く。大きな扉の向こうで、かすかに物音が聞こえたと思った瞬間、扉が大きく開かれた。

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