6-2.「はじめまして、祐士の母です」

「はじめまして、祐士の母です。どうぞ、おあがりになってください」

「あわただしい中、お時間をありがとうございます。おじゃまします」

 ユウシのお母さんは、ユウシによく似た口元に笑顔を張りつけていたけれど、その姿は事故があったあの日、病院で見たときよりもさらにやつれて見えた。ジュンペーはともかく、トシやヒロムも、そんな雰囲気を感じとったのだろう。普段なら絶対に使わない硬い口調であいさつをする。

 俺たちは、お母さんにすすめられるままに広いゲストルームに通された。ここだけでウチの台所と居間が入りそうな広大な空間。お母さんは「少しお待ちくださいね」と言って、部屋を出ていった。玄関から続いていた俺の緊張が、ようやくゆるむ。

「ある意味、ユウシの家らしい家だよな」

「3LDKの僕の家とは、いろいろな意味でスケールが違うと思うのです」

 全員が、落ちつきなく部屋の中をきょろきょろと見回す。やがて、お母さんがお茶を持って戻ってきた。ペットボトルの麦茶でなく、カップに入った紅茶。こんなところにも格差を感じる。

 紅茶を飲みながら、お母さんと少し話をした。ユウシの両親は、夫婦でそこそこの大きさの会社を経営しており、事故の対応で延期していた海外への長期商談に明日の朝から出かけるらしい。お母さんは「こんなときなんですけどね」と何度も口に出して、ため息をついた。

「じゃあ、ご両親がいない間、ユウシのことはどうするんですか?」俺は思わず聞いてしまう。

「私たちが不在の間は、あの子の兄がいろいろと面倒をみることになっているんです」

「でも、たしかユウシのお兄さんは――」病気をしてから、ずっと自宅で療養してたはず。

「……ご存じでしたか。病気自体はずいぶん前に治っていたんですけどね。ただ、そこから少し引っ込み思案になってしまって」一瞬、目を伏せてから、お母さんが笑顔を見せる。

「それでも、祐士があんなことになってから、今のままじゃいけないと思ってくれたみたいで。今日も病院までお見舞いに行ってくれているんですよ」

 ユウシの事故が、部屋に引きこもっていた兄のスイッチを入れた。お母さんは、そう信じているみたいだったけど、俺はちがう。スイッチを入れたのは、たぶんアルミだ。

「……それは良かったですね」思ってもいないことを口に出した。

「ええ。おかげさまで」

 大きな不幸の中で見つけた小さな幸せに喜んでいるお母さんを見るのは、心が痛かった。そんな俺を見越したのか、ヒロムが自分のスマホをちらっと見て、初めて声を上げた。

「話の途中にすみません。時間もアレなんで、そろそろユウシの部屋を見せてもらっていいすか?」

「すっかり話し込んでしまったわね。ごめんなさい。すぐにご案内しますわ」

 お母さんは立ち上がると「こちらへどうぞ」と言って、ゲストルームの扉に向かった。それを横目にヒロムがひじで俺の脇腹を小突いた。ほら、行くぞと言わんばかりに。

「ようやく本丸に突入だぜ。ったく、イチは話が長えんだよ」

 軽い音を立てて扉が閉まり、お母さんの足音が遠ざかると、ヒロムが伸びをしながら言った。

「データ収集という意味では、自分たちの知らないユウシの情報を集めておくのはいいことなのだよ」

「でも、ユウシくんが言いたくなかったことも知ってしまったみたいで、もやもやするです」

「そうはいうが、自分たちは、これからこの部屋をガサ入れするのだよ。話を聞いただけでもやもやしていたら、抜け出せない無限ループの世界に入ってしまうのだよ」

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