緒方修一_OLD NEWS

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装丁家/book designer/OLD NEWS COMPANY所属/渋谷/ ご依頼は ogata631119@gmail.com もしくは https://www.oldnews-co.comから気軽にどうぞ。

最近の記事

SF・タエコ

 風は、タエコと観た映画を想い起こさせる。  真夜中。宮益レンタルあたりから仁丹ビルを背にして城南電気を抜ける。郵便局を過ぎボクシングジムのあたりを風は私たちを押し続ける。何も考えることもなく身を任せる安楽に浸るわずかな時間。坂を下りきったところでエスコートは終わる。風はここで混じりあって渦を巻く。渋谷駅南口界隈。上着をタエコの肩にかけ風を塞ぐ。  観たい映画があるわけでもなく、たまたま東急文化会館のパンテオンでやってるオールナイトに飛びこむだけだった。入っていきなりエンドク

    • 私の沈黙。少し違うものは大きく違う。

      Virgin Atlanticの機内誌『CARLOS』を初めて手にしてどれだけの月日が過ぎただろう。 Upper Class限定の薄い冊子はラフな更紙に2色で刷られていた。 その後神保町の古書店で手にするまで、私は『CARLOS』を忘れていた。 Kate Mossの記事が記憶として鮮明にあるのに、どうして自分はあの冊子を持ち帰らなかったのかと思うが、縁の無さ、無念さが日常無限にありすぎて、これも運命とばかりに、すぐに記憶のゴミ箱に放り込んだのだろう。自分がやりそうなこと

      • 眼中にない私

        和田誠さんがなくなられてすこし時間が過ぎた。 サラリーマンだった頃、何度も仕事場にお邪魔した。いつだか本のカバーにISBNコードの表記が必要になって、数多い既刊本のすべてにそれを配置するために白地の窓を空けるというお願い。というか通達に近い要件を告げに行ったとき、当然ながらこっぴどく怒られた。和田さんの装丁は背景に色ベタが多く、表四とはいえ意味不明の記号のために穴をあけるような無神経かついびつな訂正を、ハイそうですかと承諾するはずもなかった。自分の記憶にはないが、その日緒方

        • 私の代表作

           これまで作った本のなかで、もっとも納得のいく、お気に入りの作品はどれかと尋ねられることがある。 どれも納得などいかないし、お気に入りでもないから、いつまでも同じ仕事がしていられる。しかし、しっくりいかないのは〈作品〉という呼び方だ。美辞麗句として相手は言っているだけで悪気などない。しかしもちろん、本も、そのカバーも私の作品ではない。……しかし〈作品〉でいつも思い巡ることがある。  残業続きのある日のことだ。私の仕事を待っていた編集者が、別件で会食の用事が迫って、仕方なく

          本の服

          この本と同じ絵を使い、なおかつ似たデザインの別の本が出てしまったという内容の謝りの手紙と本が出版社から届いた。 装丁した本を自分の作品と思っていないので、腹立たしいと思うことはないし、そんな立場でもない。新たな刊行物を不憫に感じ、装丁がすこしばかり上手で良かったと胸をなでおろす程度だ。 落胆するとしたら書面で〈装画の重複はよくあること〉でありながら〈似た本〉になってしまったと書かれたことだろう。関係者の誰もがそんな風に考えてもいないと私は思う。 Aという本に、Bという本

          九州の冠水と、連絡がこなくなった本の仕事

          去年の夏あたりにめずらしく食べ物、弁当の本のの撮影を関係者たちと数日くりかえしていたことを忘れていた。仕事の途中で連絡が来なくなることに驚きはない。誰かが、何かの拍子にふと何かを思いついたり、何かが、ふと誰かを立ち止まらせたりすることに不思議はないし、寝て覚めると突如感情に支配されていることもあるだろう。どうであろうが、 本を作ることも、作らないこと、どちらも〈いいアイデア〉に違いはない。 自分がなぜそのこと思い出したかというと、故郷である九州で冠水が続いている知らせを聞

          九州の冠水と、連絡がこなくなった本の仕事

          ずっと持っている靴べらがなくならない話

          もうずいぶん昔の話。出版社を辞めて、自分で仕事を始めるしかないと思って、いくつか物件を探し始めていた頃、作家の沢木耕太郎さんと席をともにする会食があった。大作家を前に自分の身の上話をするつもりなどなかったし、これまで付き合いのあった人たちとはすっぱり縁が切れることになるだろうと腹をくくっていた。独立するというより去るという感覚だった。しかし、同席した編集者が話題に困ったのか私の独立話を急に切り出した。 沢木さんは、わたしが会社を辞めることが意外だったようで、驚いて心配そうな

          ずっと持っている靴べらがなくならない話