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スピッツ名詩10選(10/XXX) 魅力を語る

スピッツについて巨大感情が膨れあがったので、好きな歌詞を10曲語っていく記事。

TOP 10ではなく、母数XXXから単に10フレーズ(曲)をピックアップしたものです。無限にあるのでとりあえず思いついた10を、という感じ。今回は「美しい日本語」「マサムネイズム」「希望系」の3部門でまとめます。


注記
・昔こういう記事を書いていた者です。
 →スピッツ全フルアルバム 感想 -初期- ~事後とRideとオルタナ
・※は最後にまとめています。
マサムネ表記です。

ではさっそく。


美しい日本語 部門

1. 「柔らかい日々が波の音に染まる」

代表曲のひとつ『渚』、そのサビの一節。

「柔らかい日々」という言葉がまず美しいし、それが「波の音に染まる」古典の和歌みたいなレベルの日本語。非常に爽やかなラブソングを思わせつつ、「思いこみの恋」「幻よ醒めないで」「最期」といったワードをちりばめているのもマサムネイズム(後述)ですね。

歌詞の背景たるバンドサウンドもヤバい。ツインギターのペダルトーンに"海"を、U2を連想する大陸的なリズムとディレイアプローチに"波のうねり"を、16分音符のキーボードシーケンス・ハイフレットのベースラインに"水しぶき"を感じさせての、曲題""渚""。完璧だ。歌詞と曲想、バンドサウンド、邦楽単位の名曲です。特にベースアプローチが大胆だと思います。ハイ・無音・ローフレットと寄せては返すそのフレージングは、まるで波、あるいは海の深度を表すかのよう。


最初に書いておきますが、全編このくらいのテンションで語ります。


2. 「誰にも言えずに夢見ていたくずれ落ちそうな言葉さえ ありのまますべてぶつけても君は微笑むかなあ」

シングル『スカーレット』の2番Aメロ。

スピッツにしては珍しい、まっすぐで、かつ両想いであろうラブソング。誰もが胸に抱く「君に伝わるかな?」って気持ちを、ひとつひとつ繊細に摘み取って育てていくとこんなフレーズが錬成されるんだと思う。詩人の才。サンブリテニア・スカーレットの花言葉、「純愛」を引かずにはいられない。

とろけるようなフランジャーギターと、いつになく甘いコーラスワークがドリームポップも連想ささせる。メロディも、サビに向かって上がっていくのでなく、Aメロもサビも対等な関係で、常に浮かれたような温度感がある。

歌詞・曲調・メロの三位一体で、心地よい微熱を携えたふたりの恋模様が浮かんでくる。恋愛の青写真を3分間に編み込んだ名曲


3. 「恋人と呼べる時間を星砂ひとつに閉じこめた」

『99 ep』からの人気曲。
『魚』はマジでヤバい名曲です。ギアを上げていくぞ。

このフレーズはまず、その前に「飾らずに君のすべてと混ざり合えそうさ 今さらね」という一節があって、この”今更ね”に初手アァ~~っとなるんですが、そこからコンボで繰り出されるのが「恋人と呼べる時間を星砂ひとつに閉じこめた」なんですね。星砂といえば"願いを込めるもの"です。「恋人と呼べる時間」を「星砂」に「閉じ込め」ようとする精神の所作にまず死ぬ。その時間は過去か、はたまた存在しない記憶なのか。もしかして死別……?とか考えている内に感情がバグっていく。

さて、スピッツにおいて"海"は生命や輪廻の象徴でありますが※1、この曲でも、「言葉じゃなくリズムは続く 二人がまだ 出会う前からのくり返す波の声」にそうした視点を感じることが出来ます。

そしてこの曲が鋭利なのは2番から。

「魚になれない魚」のフレーズには、そうした"海"から意図せずして外れてしまった存在をイメージさせます。仮に主人公がそういう存在だとして、「いくつもの作り話で 心の一部をうるおして」、「この海は僕らの海さ 隠された世界とつなぐ」と歌い紡いでいくその姿には、最初のふたりの関係性の示唆あいまって、ア ¨ ァ ¨ ッ ¨ とならざるを得ない。特に後者のセンテンスが芸術点高いと思います。こんなに瑞々しい並行世界(または黄泉)の射影があるのかと唸る。

そして3番では、2番までの綺麗なイメージが一気にゆがむような言葉が意図的に挟まれます。まず「鉛色に輝く」。いままで美しかった「海」の視界が急激に濁る感覚。そして「コンクリート」。一気に現実へ引き戻すような悪意のカメラ転換。シューゲイザー的な耽美な間奏をへて、主人公の感覚が、急速にリアルに醒めていく……そんな中で、1番と3番にリフレインする「どこにも戻らない」はそれぞれ何を指し示すんだろう?

「魚」はマジでヤバい名曲。


マサムネイズム 部門

続いて。マサムネは基本的に、厭世、とは言わないまでも、世界に対して醒めた視点を持っていることが多いです。なんというか、世界と自分に距離をおいている感じがある。今回の記事には出てきませんが、"海"とともに重要なキーワードが”ゴミ"です。例えば「空も飛べるはず」――学校の卒業歌に選ばれるくらい平和で道徳的な装いの中で突然「ゴミで煌めく世界が僕たちを拒んでも」なんてどう見てもパンクスな一節を歌いだすのがスピッツの怖さ、異質さ、オルタナティヴであります。そんな"マサムネイズム"を感じるフレーズたちを取り上げます。

4. 「すりガラスの窓をあけた時によみがえる埃の粒たちを動かずに見ていたい」

『空の飛び方』のクロージングトラック『サンシャイン』から。

マサムネの歌詞は、なんとなく聴けば驚くほどサラッと吹き抜けていくけれど、ふと気づいてしまうと、一瞬で攫われてしまう。そういうフレーズが多い。

もう一度読んでみてください。「すりガラスの窓をあけた時によみがえる埃の粒たちを動かずに見ていたい」。たしかに、掃除しているときとか、日常によくある動作と光景だけれど。いったいどう生きてきたらこの所為をこんな言葉で捉えようとするのか。「埃の粒"たち"」としたうえで「よみがえる」を添える詩人はそういないと思う。この不思議な言い回しによって、ホコリがある種の"人々"の隠喩にすら感じられるのが恐ろしい。この無常、諦観、悟りの境地にある……当時27歳。その才気による早逝を心配するレベル。この人の世界の見方が怖い


5.「君の心の中に棲むムカデにかみつかれた日ひからびかけてた僕の明日が見えた気がした 誰かを憎んでたことも何かに怯えたことも全部かすんじゃうくらいの静かな夜に浮かんでいたい」

シングルカット『流れ星』より。

マサムネは世界をあまり信用していませんが、いっぽうで、「一瞬の心のつながり」みたいなものは本当に信じている。

スピッツはその声と曲調のせいで何かソフトなことを歌っているように思われがちですが、ゴミ、ナイフ、ムカデなど、かなりギョッとするイメージが散りばめられています。そしてこの曲では、相手の心の中にある、そうしたグロテスクさにふれたことで「僕の明日が見えた」と歌う※2。これは正負じゃなくて絶対値の話です。「僕にしか見えない地図を拡げて独りで見てた」主人公は、相手が持つ"ある感情"の大きさにふれて(つながって)、自分の生を感じた。そして「誰かを憎んでたことも何かに怯えたことも全部かすんじゃうくらいの静かな夜」に浮かぶことを願った。

なにひとつ難しい言葉はないのに、ある心模様の表現として、ものすごく小さな針の穴をとおしている。

そもそも「流れ星」という言葉自体が「一瞬のつながり」を強くイメージさせるもので、そんな君が好きだと歌っているんですよね。アマチュア時代からあった曲なので、20代前半でこの詩にたどり着いてるわけですが、ある種の処女作というか、このひとの全てが詰まっていると言ってもいいくらい、曲全体が名パラグラフになっています。

そして、現実であれば落ちていく流れ星に対して、本楽曲はひたすらキーを響き上げていきます。この対比がまた堪らなく切なくて、これは音楽にしか成しえない表現でしょう。個人的スピッツTOP 5に入るくらい大好きな曲。まぁでも「スピッツで何が一番好き?」と聞いて「流れ星。」とか「魚。」って相手に答えられたら身構えます。臨戦態勢が必要です。


6. 「猫になりたい 言葉ははかない 消えないように傷つけてあげるよ」

人気カップリング曲ですね。特に説明も不要でしょう。

 「猫になりたい」 ←超わかる
 「言葉ははかない」←わかる
 「消えないように傷つけてあげるよ」←!!?!?

以上。

にしても、なんて殺し文句だろう。こんなこと言われたら一瞬で落ちてしまう。これは「世界(他者)」と「僕/君」を美しくも生々しく切り取った名フレーズですよ。淡々と進んでいく中、間奏のギターソロだけがいつになく情熱的なのもイイんですよね……。

ところで、歌いだしの「灯りを消したまま話を続けたら ガラスの向こう側で星がひとつ消えた」「広すぎる霊園のそばのこのアパートは薄ぐもり 暖かい幻を見てた」ですが、そのノド越しに対して、文面だけ改めるとなんて不穏な始まりだ。今初めて気づいた。スピッツ・マジックですね。マサムネの詩世界は、終末前夜の日常系みたいな世界観(ポストならぬビフォア・アポカリプス?)がある。それが彼のこの世界の見え方なのかも。


希望 部門

7. 「同じセリフ同じ時思わず口にするようなありふれたこの魔法でつくり上げたよ 誰も触れない二人だけの国」

代表曲『ロビンソン』より。

ノスタルジックなイントロから「新しい季節は……」と始まるので、郷愁をよく連想される曲だけども、自分はココを強く推したい。

『流れ星』で書いたように、マサムネは「心のつながり」みたいなものだけは本当に信じている。だから、「同じセリフ同じ時思わず口にする」こと――少女漫画でも見開きは使わないだろう、そんなフトした「繋がり」を「その魔法」とまで謳うし、そこから「誰もさわれない二人だけの国」すら作り上げてしまう。そのまま浮かべたなら、宇宙の風にだって乗ることが出来る。「あたらしい世界」というのはロックミュージシャンのクリシェですが、マサムネがそう飛躍するのは、ロックの快楽に身を預けた全能感ではなく、「(君との)つながりを確信した何気ない瞬間」なのです。

草野マサムネ。先のマサムネイズムで挙げたような厭世に近い感性を持ち、終末前夜のような世界観を持っている人――「どうせパチンとひび割れて みんな夢のように消え去って ずっと深い闇が広がっていくんだよ」と歌うシンガー――が、こんな飛躍だけはずっと信じて歌にしていることに、スピッツの魅力のおおよそ全てがある。自分はそう思います。それはあのメンバーでバンドを続けられていることも含めてです。


8.「小さな幸せつなぎあわせよう 浅いプールでじゃれるような」

『正夢』は名曲です(挨拶)。

恋の歓喜に打ち震えている感じが、Oasisばりの厚いギターサウンドに、00年代J-POPストリングスを添えて重厚に展開されるこのスペクタクル。いっぽうで歌詞のスケールはとても小さい。平たくいえば「(君との)良い夢をみたので思わず飛び出してしまった。もし会えたらどうしよう!?正夢であってくれ~~」というだけの話です。だけども『ロビンソン』と同じく、マサムネはそこに無限を広げていく

「幸せは途切れながらも続くのです」という名フレーズもありますが、『正夢』にある「小さな幸せつなぎあわせよう」もすごく良い言葉じゃないですか?確かな方向に2人で進もうとする姿勢が感じられて尊い。それを「浅いプールでじゃれるような」と表現するのが、とても"らしい"し、素敵。

恋の微熱を「ずっとまともじゃないってわかってる」とまとめつつ、「キラキラの方へのぼっていく」で締めるのも、いつになくポジティヴで、曲調によくマッチしています。主人公の熱(片思いっぽいのがニクい)が伝わるし、それが実ったときの幸せを、根拠はないけど信じられる感じがする。そんな感覚に……タイトル『正夢』。ア¨¨ァ¨¨~~~完璧。「どうか正夢」とは祈りであり、信じてもいいかなと思える神様がここにいます。


9. 「さっき君がくれた言葉を食べて歌い続ける」

シングルコレクション『CYCLE HIT 2006 - 2017』に収録された新曲『歌ウサギ』より。

これは色々ファンを泣かせる1曲でした。シングルコレクションなんてセールス重視の編集盤で、バンドが積んできた長い時間を統括するような感動的な新曲放ってくるのズルくないか!?

このフレーズは今まで見てきたように「君」の話であり、マサムネが歌いつづける意味です。「同じこと叫ぶ理想家の覚悟」とは『ビギナー』の弁ですが、まさにそれ。「ウサギ」というとセックスイメージでもあるわけで、それを「歌」に繋げたのこの曲題は、本当に「シンガーソングライター・マサムネ」の統括と言っていいでしょう。

10年代以降のスピッツは、こういう「マサムネイズム」を意識的にポジティヴに統括するようなフレーズが多くて、泣かされてしまいます(もっとドス黒いのをまた見たい気持ちもあるが……!)。だって、こんなに世界と微妙に位相がズレている人が、ロックバンドとして、仲良く、力強く、30年以上もずっとやっているんだから……もう説得力がさ……。



10. 紫の夜を越えて(曲)

ということで締めは新曲。すべてが今の2021年に力強い名詩です。

最近、ベテランロックバンドたちのこういう力強い新曲にすごく感じいります。例えばBUCK-TICKの「ユリイカ」※3。出自と方向性はちがえど、両者のシーンへの存在感のようなものはかなり近いものがあると言っていいでしょう。なんせ両者は、メインシーンと微妙にズレた異物でありながら、メジャーバンドとして長い年月やり続けてきた、オルタナの体現者※4なワケで、そんな彼らがこの苦境に出すメッセージは、やっぱり凄く力強い。

この曲を、ライブで聴く時が待ちきれないですね……。
<2023/05/16追記 ついにニューアルバムリリースです>

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ということでこの記事は、スピッツの新曲「紫の夜を越えて」に感じ入ってガーッと書き上げたものだったのでした。

だけどもいざ書き出すと、やっぱり物凄く「いろいろ」が詰まってる曲たちだなぁと改めて感じ。今回はマサムネフォーカスだったので、ロックバンドフォーカスのものとか、またいつか書ければ。

関連記事

拙記事。まだまだスピッツのこと書かれた文が読みたい方はここから全アルバム感想まで走れます。「現実主義のロマンチスト」は我ながらそうだよなぁと結構うなずいたり。

「青い車」について書かれた圧倒的な記事。音楽まわりの関連をほとんど出せなかったけれど、この記事が代わりになります。

正しくしっかり分析・考察している記事。インタビュー記事の引用もすごく参考になります。

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注記
※1. スピッツにおける「海」の存在については検索するとたくさん出てくるのでそちらを参照。

※2. 別記事で書いたとおり「断言しない」のがマサムネの基本的リアリティだと思っていて。ここでも、ここまで形容を重ねておいて「見えた"気がした"」なのがこう……ニクい。言い切らないこと、それは信じてないんじゃなくて、確信しつつも距離をおく、そこにもたれかかったりはしない距離感というか……こう……ニクい。

※3. BUCK-TICK、聴こう!拙記事。スピッツに近いかもしれないのは……ないけど、柔らかさでいえば『極東 I LOVE YOU』('02)かな……。

※4. オルタナの体現者の系譜。その重要なルーツとして、The Cureがどちらにも……。これで締めましょう。


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