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ネタの回る部屋で

5月24日 天気は晴れ。
天気予報アプリによると、最高気温は25°、最低気温は17°だそうだ。午後の西日が強くなってきて、蒸し暑い空気が部屋に充満しはじめた。

便利な世の中だなぁ、と思う。
昔の人は風向きや雲の形、動物の様子などの細かな変化から翌日の天気を予想していたらしいが、今ではスマートフォンひとつあればほんの数秒でここ一週間分の天気を知ることが出来る。
未来の天候を知ることが出来れば予定を立てやすい訳だし、知れるに越したことはないのだけれど。
それを分かってはいながらも、化学文明の恩恵を享受したことで支払ったものについて考えてしまう。

ふと母の言葉ーー親世代の言う、昔は〜だとか昔だったら〜から始まる話題ーーを思い出した。

母の話によると、昔は携帯なんてなかったものだから、駅の掲示板に「○月○日 ○時○分 ○○前待ち合わせ ○○より」だなんて書いて待ち合わせの約束をしていたそうだ。
自分の名前から待ち合わせの約束まで丸わかりなんてプライバシーってものが無いのか。現代じゃとても考えられない。とその話を聞いた時は思ったけれど、SNSが普及して他人の私生活に気軽に首を突っ込める今も、昔とは違う形でプライバシーがないのかもしれない。

そんなことを考えながら先程から手を伸ばしていた飴の袋に目をやると、袋の中身は空っぽになっていた。袋の周りには中身のない飴の包み紙が無造作に積まれている。
飴を噛む癖があるせいで飴の消費がとても早いのだ。それに加え、常に飴を食べていないと気が済まないーー飴依存症とでも言うのだろうかーーのだから、年間でどれだけの額を飴に使っているだろう、と考えると口の中の甘さに相反して心は苦くなる。
じわじわと広がる苦味を誤魔化すように傍にあるペットボトルに手を伸ばす。甘ったるさが口の中に広がり、りんごの香りが鼻に触れる。

タバコをやめられない人の気持ち、ちょっと分かるかもしれない。

共感を求めて、近くにいた友人にその話をしてみた。彼女もまた別の菓子袋に手を伸ばしながら

たしかに。

と言って梅のお菓子を口に放り込んだ。

母の話についても共感してもらえるだろうか、と口を開くと、私より早く口を開けた彼女が話題を振ってきた。

そう言えば海外のタバコのさーー、

中学の保健体育で資料として見せられた、海外のタバコのパッケージデザインの話題に移ってしまったようだ。 
話題が尽きないのは、溢れんばかりの情報が世界を埋めつくし、人々を情報の波でかっさらっていく現代ならではなのだろうか。母の言う、昔は〜の中ではどうだったのだろうか。

話題はくるくると変わっていき、私も会話に加わっているうちに母の話をするのを忘れてしまっていた。

くるくるくるくる
ぐるぐるぐるぐる

ぐるぐると回っていく話題のネタたち。
まるで回転寿司のようだと思った。
ネタはつきることなく、次から次へと提供されてくる。

ぐるぐる
ぐるぐる

ネタたちは窓から風を引き連れてきて、ぐるぐると部屋の中をかき混ぜていく。

随分涼しくなったね。
あ、もうこんな時間。私、夜からバイトだった、
何時まで?
ラスト。明日一限あるのに。キツい。

止まらないネタを引き連れて部屋を出た。
ふと空を見上げると友人たちも揃って空を見上げる。

あの雲、ハート型っぽくない?
どれどれ?
あ、流れちゃった。今日、雲流れるのはやいね。
確かに。明日雨かな。
調べるか。

まぁ明日になればわかるよ。と言うと案の定、
「何当たり前のこと言ってんの」
と返ってくる。

なんだ、天気予報の前に自分で予想してるじゃん。
さっきは暑さのせいで、物事を悪い方に捉えてしまっていたのかもしれない。

明日は明日の風が吹くと言いますし。ロマンってやつよ。と、自分でもよく分からない回答をしながら階段を降りる。
風が吹いて体から熱を奪っていってくれた。


明日の天気がすこし楽しみだになった。
今日は天気予報を見ないようにしよう。
雨は嫌いだけど、明日は雨になってもそこまで嫌じゃない気がした。

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