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世界一周紀行 2章 アフリカ ① (エジプト)

【9月】
13日 エイラト→ダハブ🇪🇬
14日 ダハブ
15日 ダハブ
16日 ダハブ→カイロ
17日 カイロ
18日 カイロ
19日 カイロ
20日 カイロ→ルクソール
21日 ルクソール
22日 ルクソール
23日 ルクソール
24日 ルクソール→アスワン
25日 アスワン→ワディハルファ🇸🇩


【9/13】

12時ごろにゲストハウスを出てバス乗り場へ。
ちょっと早めに行ったもののバスがなかなか来ない。
1時間ほど待ってが来なかったので、国境を越えられないリスクを考えタクシーで向かうことに。
タクシー乗り場へ向かっていると目当てのバスが歩いてきた道へ向かう。。忍耐力が足りなかったよう。

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無事入国。ついにアジアを終え、アフリカへ。
ATMでお金を下ろして次の目的地ダハブへのバス乗り場へ向かったが、今日はバスのトラブルでダハブ行きのバスはないとのこと。

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明日来てくれと言われたが、国境で荒野以外なにもない。流石にここで野宿はできないなと思い、またしてもタクシーで向かうことに。
60ドルかかると言われ、泣きそうになりながらお金を差し出そうとすると、同じくダハブへ向かおうとするオーストラリア人女性が来たので割り勘していくことに。被害額は最小限に抑えることができた、、

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オーストラリアで政治を学んでいて、ジャーナリズムのインターンでパレスチナへ来ていたそう。大学の講義の話などを教えてもらいとても勉強になった。ダハブへ到着し、その子と別れてから宿で休憩。

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ダハブはエジプトのシナイ半島にある観光地で、日本人の旅人からは沈没スポットしてその名を輝かせている有名な場所。ちなみに沈没とは、旅人が移動をやめ、その場でだらだら過ごし続けることを言う。要は快適で長居してしまうというようなもの。ダイビングの国際免許が安く短期間で取れるので、数十日かけてダイビングライセンスを取ってる人も多い。

ローカルチキンの店へ。量が多くて安い。

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エジプトきて急に物価が格段に下がった。

宿でシナイ山のツアーを頼んでたが今日は結局やってなかったとのこと。
宿に多くの日本の本があった。銀魂をひたすら読む。

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宿に関西大学の男子大学生がいたので談笑。日本人宿と聞いていたものの意外にも自分を合わせて二人しか日本人がいなかった。

【9/14】

明日の夜のシナイ山に行くことに決め、特に今日はやることなく過ごす。
飯の値段も安いし、どこにでも歩いて行けるしすごく居心地が良い。
とか言ってみたものの、どこにも出て行かず銀魂を読みあさっていた。

流石に読書も疲れてきたので散歩。散髪屋の前を通ると、お兄ちゃんの熱狂的な勧誘。散髪屋の鏡に映る自分のもみあげを見て、ぼちぼちやばいなと思い、海外旅での初散髪。
とりあえずヒゲだけ残して後はおまかせでと伝える。内心すごい髪型にされるのではとビクビクしていたが、意外と現地っぽいおしゃれなスタイルに。

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夜は関大の子とチキンを食べに行った。
早く日本へ帰りたいっていう話をしていたのだが、やはり誰しもそう思う時期ってくるよなと。お互い感じていたのは、旅行のゴールがなかなか見えてこないのでしんどくなると言うこと。長期ではなくて、中期旅行ぐらいがストレスも少なくて快適なのかもしれない。

【9/15】

今日も今日とてゆったりした一日。3日間銀魂を読み続けてしまっている。

 昼ごろにカイロ行きのバスチケットを購入し、冷たいマンゴージュースを飲んで涼んでから宿に戻る。

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そしてまた銀魂を読む。

夜に宿で仲良くなった大原くんとダハブで有名な日本食レストランへ。
カツ丼を頼む。数ヶ月ぶりの日本食。

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しっかり出汁が効いてあって、日本のカツ丼と同じ味、、、 思わず笑みがこぼれる。
どうやらあまりにも美味しいものを食べると笑ってしまうらしい。懐かしさで泣きそうになってしまった。ご満悦で店を出る。
部屋で仮眠をとり、23時ごろにツアーバスでシナイ山へ向かう。

【9/16】

25時ごろ、シナイ山の前に到着。

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シナイ山はモーセが十戒を受け取ったとされ、宗教的な聖地とされている場所。
暗闇の中にそびえ立つ山々が荘厳でかっこいい。日中は暑さで悶えていたが、夜になると少し気温が下がったのか肌寒い。

ツアーに参加しているのは15名ほど。他にもツアーグループが大勢いるのでグループで移動できるよう「ハビービー」というグループ名がつけられる。
別にいた中国人グループは「アリババ」と名付けられていて少し笑ってしまった。

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暗闇の中を歩いていく。ところどころにラクダが止まってあり、登るのに疲れた人はお金払ってラクダで移動するシステム。
1時間歩くと。一面はそびえだった山々が現れる。

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空は満点の星空で、地面には少しだけ火が灯されており、まるで火星のよう。異世界を旅しているような気がして、それだけで気持ちが高揚する。3時間ほど歩いて頂上へ。
かなり登ったらしくかなり冷え込む。到着するのが少し早く、日の出が1時間後らしくて、眠気と寒さでおかしくなりそうに。
一緒の宿から参加してたロシア人女性と寝袋をシェアして仮眠。

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目を覚ますとぼちぼち日の出というころで、山が真っ赤に染まっていた。
声も出ないような感動。1時間ほど山々と日の出をただぼんやりと眺める。
景色が綺麗すぎて、モーセのことをすっかり忘れてしまっていた。

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帰りも数時間歩いて山を下る。帰りは筋肉を使わないので楽だが、膝に負担がかかりハード。下山後、麓にある世界遺産の教会も行ったが、みんな疲れてしまっていてほぼ流し見になっていた。

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帰りはバスで爆睡。帰ってきてからはまた銀魂読んで過ごす。

今日はダハブの最後の晩餐ということで、大原くんと日本食レストランへ。

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今日は生姜焼き定食。これもまたうまい。日本食は何食べてもうまい。帰りぎわ店のおばちゃんとスタッフさんと今後の旅の話や世間話をした。
テレビ番組の「こんなところに日本人」も取材に来たらしい。
どうやらアフリカのJICAや海外駐在来てる人が休暇でダハブによくくるとのこと。
そして、夜行バスに乗りカイロへ向かう。

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【9/17】

検問が多いと聞いてたのですが、全く何事もなく、爆睡してたらカイロ到着。
降ろされる場所が高架下で、大丈夫かとドキドキしていたが幸いにもホテルの近くのバスステーションだった。

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ホテルでフリーの朝ごはんをいただく。
少しゆったりしたから、地下鉄に乗ってスーダンビザ取得のため、日本大使館へ。最寄駅から少し歩く。

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駅の周りはゴミが散乱していて人がごった返しており、ただ治安は良さそうな雰囲気。どこか東南アジアを彷彿とさせる。
日本大使館へ到着。室内は日本の役所の待合室のようで日本のテレビが流されていた。やはり落ち着く。
窓口の人にスーダンビザを取りたい旨を述べると、上司に一度通すとのこと。 治安について教えられ、責任は取りませんと念押しされる。
少し脅されているように見えてビビりつつも書類を取り交わし。20分ほどで紹介状をもらうことができた。

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つぎはスーダン大使館へ。日本大使館とうって変わって事務所が小さいし汚い、、 山のように人がごったがえしていた。

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写真とパスポートのコピーが必要とのことで周りの人に聞きまくって大使館周りを2回も3回も移動する。昼頃に手続きが終わり、4時ごろまでひたすら待機。とにかく暇だった。

宿に戻り、少し休憩してから近くのレストランへ。

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ダハブよりもかなり値段が落ちた。イスラエル▶︎ダハブ▶︎カイロとどんどん生活が楽になっていく。
レストランの人は親切でよかった。大使館の時もそうだったが、みんな気楽に助けてくれるし親切。エジプトの観光地は客引きがかなり悪質と聞いていたこともあって、エジプト全体に不親切なイメージを持ってしまっていたが、いい意味で裏切られたカイロ1日目。

【9/18】
朝起きて黄熱病の予防接種へ。スーダン以降は、黄熱病の予防接種を打たないと入国ができない。

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ぱっと見病院に全く見えない建物で少し不安になったが、中は意外と綺麗。病院のおばちゃんにお金を払おうとしたが、細かいお金で払って欲しいと言われ、お金を崩すために近くの店でペプシを買って戻ってくる。
おばちゃんがニコニコしながらペプシをねだられたので吸い寄せられるようにペプシを渡してしまった。
予防接種は一瞬で終わり、イエローカード(黄熱病接種証明)を取得。
次に エチオピア大使館へ。中に入ったものの、スーダンでビザを取得しろとのことで返される、、
門衛の人が早稲田に留学してたらしくて、ベラベラと世間話をしてから帰宅。

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その後考古学博物館へ。大きな博物館の中一面に古代エジプトの作品がずらりと並ぶ。

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小学生エジプトの歴史にハマっていたことを思い出してテンションが上がる。個人的にメジェド神(ゆるキャラみたいなエジプト神話の神)を見たかったこともあり、死者の書に意識を向けながら館内を回る。エジプトに出てくる神様は皆個性的で見ていて面白い。
思ったより英語の解説なかったのが少し残念。
ツタンカーメンの黄金のマスクもあった。写真撮影不可だったのに知らずにとってしまったので呪われるかもしれない。

その後時間もあったのでマラリアの薬が無料でもらえるという保健所へ。

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行ったものの、正装じゃないと入れないと言われる。仕方なく帰ろうとしたところ、中で働いてるエンジニアの女性が助けてくれて中まで案内してくれた。せっかく手伝ってくれたのに、 結局病院の人が不在でもらえずじまい。
その後カウチサーフィンで連絡とってた人の家まで向かうことに。

休憩がてら駅の近くでチャイを飲んでたら3杯目無料でくれた。みんな優しい。

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家の近くにつくもワッツアップの連絡がないので近くの人に聞いて周り、家に着く。

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父親らしき人がおり、ホストの人に電話してくれた。
すると急に家に来たから父親がやや驚いてしまったようで、出禁にされてしまう。笑
ホストの父に謝り(別に怒ってはなさそうだったが)ウーバーを使い駅へ戻る。
日本人宿に突撃。無事泊まれた。

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その後、カウチサーフィンのホストから、父に連絡できていなかったことの謝罪と、息子と遊んでやって欲しいしまたご飯一緒に食べたいといった旨の連絡が。とてもいい人で切なくなる。

どうやらWhatsAppが普段から使えるわけではなく基本は電話だそう。僕は電話が使えないのでコミュニケーションが取りづらい。

夜はエジプト料理のコシャリの店へ。値段が安いしかなり美味。

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日本人のおじいちゃんにも会った。


【9/19】

起床するも全くやる気が起こらない。今日はピラミッドのあるギザへ行く予定だったが、なぜかやる気が起きなさすぎて行くのやめようとする。
無気力になったきっかけもないのでおそらく疲れ溜まってるのかなと。とはいえ、やることもないので重い足取りで無理矢理外に出る。
外に出てみると、体が急に軽くなり、予定通りピラミッドに行くことに。
何事も行動する前がしんどいけど、やってみると意外と楽ってやつ。

ギザの駅に着き、客引きの群れをくぐり抜けてバス乗り場へ。30分ほどするとピラミッドが見えてくる。

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第一印象はでかい! ただただでかい。
歩いてると客引きらしき男性に話しかけられる。執拗に付いてくるからまた最後になんか言ってくるのかと警戒していたが、特に何もなく別れる。拍子抜け。

チケットを購入し、ピラミッドへ。

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歴史好きになったきっかけのピラミッド。幼少期の時代を思い出す。
数千年も前にこんな建築物立ててたのかとは思えない。とにかく壮大。そしてロマンがある。朝の憂鬱はなんだったんだろうと疑問に。
昨日飯屋にいたおじいちゃんにもばったり遭遇。

3つのピラミッドを見たあと、クフ王のピラミッド内部へ潜入。狭い道を歩いて行き気分は考古学者。ただ馬鹿みたいに暑くて汗が止まらなかった。
実家の夏の屋根裏部屋みたいな暑さ。

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無理やり写真撮ってきてチップ要求してきた悪質な現地人がいたが、それ以外はそんなに客引きもしつこくなかった。

その後スフィンクスへ向かう。

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小さくて思ったほどの迫力はなかった。笑
そのあとバスに乗り宿へ。帰ってからは今後の情報収集などをしていた。

【9/20】

今日の夜行でルクソールへ向かう予定だが、それまで特にやることもないのでほぼ情報収集に時間を費やし何もせず。
カウチサーフィンの人と会おうという話はしていたが結局携帯の問題で断念、、 会いたかった、、、

宿にいたエジプト人と朝ごはん時に1時間ほど話した。妻をベトナムでもらいたいって話をしていた。海外で結婚するのがステータスみたいなのもあるらしい。エジプトでは医学部と建築学部がいいと言われてるが、建築学部に行ってもみんな建築士になるとは限らないという話をしていた。似たようなことは日本でもあるよなと。

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その後、部屋にいた立命のスタッフの人と話していたのだが、エジプトからスーダンへ行く人は3週間住み込んでいて誰も見ていないらしい。
穴場スポットへいけると思うとワクワクする。
夕方にビールを買い、社会人の旅人と話しながら飲む。

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日本人宿にきて思ったが、意外と僕みたいな長期旅行者は少ないようだった。今までの旅のルートが少しニッチだったこともあり、長期旅行者が多かったが、全体としてはそりゃあ少ないよなと。

夜にルクソール行きのバスへ。

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【9/21】

早朝にルクソール到着。予約していた宿へ向かう。

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宿に着くと、スタッフに1時間後に王家の谷向かうツアーがあるよと言われる。
タクシー使うより安いので参加することに。

部屋へ向かおうとすると日本人が宿に入ってきた。
バルーンツアーから帰ってきたあとだったよう。
軽く挨拶すると、「東南アジアで会いました?」と声をかけられる。
「東南アジアは今回の旅行で行ってないんです。」と返すと、「2年ほど前の話ですよ」とのこと。
そこで顔と思い出が一致し、はっと思い出す。
2年半前にラオスからタイ国境を電車で抜けたことがあった。その時に一緒に行動していた菅野さんという方だった。ただただびっくり。笑
話を聞くと前回の東南アジア旅行以来の海外だそう。奇跡でしかない。。
懐かしい思い出話に花を咲かせ、1時間後のツアーに一緒に参加することに。

ガイドの方も付いてくれて、バスの中で目的地の情報を教えてくれる。
深く歴史がわかって楽しい。そして英語がゆっくりなのでわかりやすい。
初めはメムノンという神をを祀る塔へ。

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ギリシヤ神話の神アガメムノンとの関連があるそうで、色々繋がって興味深い。
そのあとハトシェプス王妃の神殿へ。イランのヤズドでみたような断崖絶壁の麓に神殿がそびえ立ち、かっこいい。観光客が少ないのに対して、お土産屋の数がおおくて儲かるのかなぁとこっちが心配になります。(何も買わないが)

その後王家の谷へ。

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インディージョーンズの世界。ガイドさんがハワードカーター(ツタンカーメンの墓を見つけた人)の名前を出してきて、なんだかワクワクする。
ツタンカーメンの墓も行きたかったのだが、お金を節約したいのと、内部は意外と見所ないとのことで今回は断念。

3つ墓を回ったが、どれも異質な空間が広がる。

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ゼルダの伝説のダンジョンのよう。厨二病には刺さる場所。
菅野さんと休憩がてら話しつつゆっくりと回る。
最後はハブ神殿という聞いたことない神殿を回ったあと、昼食へ。バイキング形式でご飯も豪華。久しぶりにバランスのとれた食事が取る。
菅野さんが昼食代払ってくれた。感謝。

そのあとナイル川を船で渡ってから宿へ。

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ナイル川は思ったより川幅が広くて、地元和歌山にある紀ノ川のようだった。
ツアーに参加していた韓国人女性がダハブに行くとのことで色々話してた。ちなみに韓国で偽造学生証作ってきたそう。


帰ってくると15時ごろに。夜行バス明けに灼熱の中観光したこともあってから、即爆睡。一回夜中に目覚めたが、そのまま朝まで寝てた。

【9/22】

朝起床。起きると菅野さんはバルーンツアーへ出かけていた。少しゆっくりしてから、銀行を探しにいく。3件ほど回ってルクソール神殿近くでようやく使える場所を発見。スーダンやエチオピアでも使える分のお金を下ろしておく。その後マラリアの薬を探しに薬局へ。
3件ほど回ったがどこも売ってなく、大きめの薬局でようやく発見。一番安いのを聞くと、事前に調べてた最安値の2分の1の金額。かえって不安になる。
宿の近くの食堂でケバブを食べて帰宅。

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帰ってからは特に何もせず数時間ごろごろ。夕方ごろに再び先ほどの店で、次はチキンを食べた。150円っていうお手頃価格。汚いけど店の雰囲気も良い。

飯屋から帰ってくると、同じタイミングで菅野さんが観光から帰ってきた。
1時間後ぐらいのバスでカイロに戻るとのことで、それまで談笑。改めて2年半ぶりに旅で再開するのすごいなと。こういう偶然があるから旅は面白い。

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【9/23】

朝起きて準備してからバスに乗りカルナック神殿へ。

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バスの中にいた少年が一緒におりてきて、僕に話しかけながら入場口までついてくる。お土産屋で親が働いてるらしくて、営業かけらるんだろうなと構えながらな話していたが、入場口教えてくれてそのままお別れした。構えながら話していた自分が情けなくなる。

チケットを購入し、内部へ。エジプトで一番大きい神殿。
中には日本人のツアー客が大勢いた。ガイドの解説をしれっと盗み聞きしつつ、神殿の中心部へ。

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大量の柱。圧巻で、思わず「すごい」と呟いてしまう。
全面柱のこの空間を写真に収めるのがむずかしく、これに関しては直接行った人の特権だなぁと。ただただかっこよかった。
帰りのお土産屋にバスの少年がいたが、その時はビジネスモードに変わっていてガンガン話しかけてくる。笑 縁もあるのでアイスを買った。

カルナック神殿から出ると一斉に5方向ぐらいからタクシーの客引きが迫ってくる。一斉に「タクシー」というワードがそれぞれから発されるものだからおもわず笑ってしまった。聖徳太子が10人の声を同時に聞き取れたのも、こういう状況下だったのかもしれない。

バスで中心部まで戻り、ピザを食べてから帰宅。
夕方ごろまで休憩して、菅野さんに勧められたナイル川沿いのお酒飲める店へ。お洒落な雰囲気が漂っていて、流行りそうなのに人が驚くほど少ない。 店の人も数少ない客なので、すごくもてなしてくれる。

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結構高めなので節約したい反面、店の人に申し訳ない気もして、ビールとプラスして気持ちだけチャイを頼んだ。夕暮れのナイル川を見ながらのビールは最高だった。この川がエジプト文明作ったんだなぁと思うと感慨深い。
川を見ながらビールはどこであってもエモーショナルな気分になる。

少し高かったけど、ロケーション代だと思えば安いし、とにかくいい場所だった。歩いて帰宅。そのあとはネット調べたり色々。

途中で体調が悪くなってきた。鼻水が止まらないしだるさや関節痛、少し微熱っぽい。キルギス以来の発熱。スーダン目前にしてこれはきつい。
なんとかして入国前には治したい。
今日初めて飲んだマラリアの副作用なのか、単に気温の変化に耐えられてないのか。体調を壊すと、身体面以上に精神面に負担がかかり、帰国したくなってくる。明日治ってることを祈り就寝。

【9/24】

起きると体調は良くなってた。
室内外の気温差が体調不良の原因だった気がする。
荷物の準備済ませてからアスワンへ向かうために駅へ。予定時刻より1時間ほど遅れて電車は到着。

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駅のスタッフを装う人が1等車まで案内してくれ、その場でチケット代を要求してくる。駅のスタッフと強調してくるところや、領収書あるかきいたらはぐらかされたあたりで9割ぐらい黒だな思っていたが、結局お金を払ってしまった(払う額もいくらでもいい感じで怪しさしかない)。
数十円なので騙されていてもいいやと思い払ってしまったけど、案の定スタッフではなかったのと分かると後になってなんだかんだ腹立たしくなる。
3時間ほど寝ているとアスワンに到着。つくなり照りつけるような日差しが襲ってくる。焼け死にそうになりながら即座に宿へ入る。

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まずはスーダン行きのチケットを購入するためにバスオフィスへ。3軒回ったがハルツームまでのバスが思いの外高い。エジプト・スーダン国境のワディハルファまでは想定していた値段だったのでひとまず購入。
そのあとコシャリの店へ。15ポンド。100円ぐらい。南へ行くほどだんだん安くなってくる。

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バスは夜中発なので、それまでは宿で休憩。

【9/25】


深夜2時にバス乗り場へ。バスステーションまで夜中に歩くの嫌だなと思っていたが、思いのほか人が多い。深夜2時に文房具が営業していてびっくり。誰が買うのだろうか。。

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バスのシートは硬くてかつシートを下ろせない。バックパックを前に起き、もたれかかって寝る。しんどい姿勢ながらも5時間ぐらい爆睡。

起きると砂漠道をバスが進んでいる。アスワンハイダム?を多分通ってた。アブシンベル神殿近くで一度降車。朝ごはんタイム。

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トイレが汚いし水浸しになっていたが、環境に慣れすぎて何も思わなくなってしまった。
どのように朝ごはんを注文すればいいのか分からなかったので、とりあえず席に座ってぼ〜〜っと周りを眺めていると、隣にいたスーダン人が菓子パンを分けてくれた。その辺にいた人と交流して、バスに戻る。

バスに戻ると、違うバス(同じ会社)のスーダンの大学生が話しかけてくれた。土木工学を学んでいる20歳で、カイロに2ヶ月旅行してたとか。大学は休みなのかって問うと、デモの影響で大学が1年間閉鎖されてるらしい。
やはり数ヶ月前まではかなり危なかったらしい。今は沈静化して大丈夫とのことだが。

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1時間ほどして川へ到着。そこからバスごと船に乗せて進む。

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船では国境近くに住むエジプト人と話す。スーダン人とエジプト人は肌の色が違っており、色の濃い目の黒人(スーダン人)が大半になってきたので、エジプト人が逆に目立つ。
河岸に到着。さっきの大学生の子とまた再開。Facebookを交換した。ハルツームに帰るとのことで、タイミングが合えばまた会おうと話す。

再びバスは進み、ようやく国境へ。パスポートチェックを終え、バスを1時間ほど待つ。ここでマラリアの予防薬を飲んでおく。その影響かなのかバスに乗り込んだあと吐き気が襲う。胃酸が戻ってくる感じがして気分悪かった。

スーダン側国境での入国審査を終えたあと国境を通過。すると、砂漠の中にポツンと一本道。他に何の景色もない。ついにスーダンにきたんだなと思わされる。

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バスを待ってる間に、違うバスに乗ってたハルツーム出身の姉弟と話す。お姉ちゃんは英語が堪能。アメリカの国旗刻まれてる服着てたのちょっとびっくり。エジプトで安く電化製品を仕入れて、スーダンで売るそう。どうやらスーダンは自国のテクノロジーが発展してなかったり経済制裁もあって、輸入品に頼るしかないんだそう。姉が21歳で弟が20歳なんですが、大学行きながら仕事をしているのがすごいなと。何か困ったことあったらいつでも連絡してと連絡先を交換する。

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イスラムの女性は男性と関わるのを避けるイメージがあったけど、向こうから結構話しかけてくれ、人によって様々なのかなと。
19時前に国境近くの町ワディハルファに到着。あたりは真っ暗。

バスターミナルに着き、スーダンの首都ハルツーム行きのバスチケットを探す。エジプトで買うより半額の値段で買えてご満悦。
そのあと下調べしてたクレオパトラホテルへ。行ったものの満室。
他のところ4件ぐらい回っても全て満室。ようやく見つけた宿が破格の100円以下、、 感染症患者の収容所みたいで、壁に虫、ベッドに子猫が。

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ディープな宿で、少しテンションが上がる。経験としてこういう宿も泊まってみたかった。
そのあと近くの飯屋へ。油ギトギトの奇妙なソースをパンにつけて食ベル。体に悪そう、、ただ味は全然いける。近くにいた人が別の料理おすそ分けしてくれた。

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ナゴルノ=カラバフであったカナダ人に、「スーダンはとにかく人が良い」と教えられたが、本当にいい人が多い。
今日1日だけでも人の思いやりでお腹いっぱいに。

スーパーで飲み物などを買い込んでから宿へ戻る。
だらだらしてると、同じ部屋(と呼んでいいのかわからないが)にスーダン人のおっちゃんが来たのでしばし談笑。エジプトの政府機関で働いているそう。エジプトに2人奥さん、スーダンに1人の奥さんがいて、スーダンの奥さんに会いに来たらしい。奥さん全員分の証明写真持ってたのが個人的にツボだった。全員本当に愛していると言っており、いろいろな愛の形があるなと。
コーラをおごってくれた。9時半ごろには仮眠も込めて就寝

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1章⑨イスラエル・パレスチナ編へ         2章②スーダン編へ



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