パリマダムがスリにあったら、立ち上がり自力で財布を取り返す
パリといえば、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。
エッフェル塔。クロワッサン。アートにおしゃれなパリジェンヌ達。
それらと同じくらい忘れてはならないのが、スリの存在である。
アジア人観光客は、特に狙われやすい。お金を持っているし危機管理が甘いと思われているのだ。かくいう私も、2年間のパリ生活の最後の最後、ちょっとした油断でスマホをやられた経験がある。それまでずっと気をつけていたのだが、帰国準備の疲れでぼんやりしていた隙をつかれた。あの時は随分悔しい思いをした。
では現地の人たちはどうであろうか?
狙われないのか?否。現地の人たちだって勿論スリに狙われることはある。
パリに移住した時、私は次男の妊娠中だった。通っていた病院まではバスで40分かかる為、検診に行く際はいつも最後部席の窓際に座り、景色をぼんやり眺めながら石畳の街を揺られるのがお決まりだった。
その日もいつもの席を無事確保し、いつもの景色を眺めていた。しばらくすると斜め前に座っていたマダムが慌てたように持っていた鞄の中を漁り始め、勢いよく立ち上がって叫んだ。
「私の財布がない!」
そして、今まさに降りようとしていた50がらみのムッシューに向かって「あんたが盗ったんでしょ!」と指をさしたのだ。
私は驚いた。勿論他の乗客達も二人に注目している。緊迫感と、この後どうなるのかという微かな期待の混じった空気が車内にあふれた。
そのムッシューはちょっと困ったような顔をして、自分の持っていた鞄の中をパタパタと開けて見せながら「僕は盗っていないよ。ほら、何もないだろう」と言った。
マダムは、おかしいな、絶対にこの男だと思ったのに…というように首をひねりながら黙って椅子に座り直した。
ムッシューはバスを降りていったが、マダムの前に座っていた乗客が、降りた後もムッシューをじっと目で追っており、勢いよく振り返ってマダムに言った。
「あの男、上着の内ポケットからあなたの財布取り出したわよ!やっぱりあいつが盗んでたのよ!」
瞬間マダムは立ち上がり、バスから飛び降りると猛ダッシュでムッシューを追いかけた。他の乗客達も窓から手を出し顔を出し、「ポリス!スリだ!」「マダム!捕まえろ!」と大騒ぎである。
間もなくマダムが車内に戻り、片手を突き上げて大きな声で言った。
「私の財布を取り返したわ!」
車内はもう、口笛と拍手でお祭りのような盛り上がりである。マダムは元の自分の席に戻ると、頬を紅潮させ目をきらきらと輝かせて、捕物帳の顛末を周りの乗客たちに語り始めた。聞いている方も時折オララー!と言いながら非常に楽しそうである。
そんな一部始終を見て私は、この街はいい街だなぁと思った。
再び走り出したバスの中で、私はお腹をなでながら「お前も強くなれよ」と呟いた。
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