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「インポスター症候群」

この動画の中に聞きなれない言葉を見つけた。彼女が自分で立てた目標に向かい努力する中で「インポスター症候群に陥ることがある」というふうに語られている。「なんだろう?」と調べてみた先にあったものは…。

Patagonia Films/リディア・ジェニングス/コミュニティーのために走る(2021)

別にそうだからどうのこうのということではなくまさに「これだ!」と思った。日々自分が仕事に趣味に、暮らしにと、自分自身が抱える気持ちの変化、揺らぎ、不安、安堵、そういったものは一時的なそれや、ちょっとやそっとではなく、激しくこれにあたる。そのすさまじさと言えばここに書いても書ききれない。…と同時に、それは何かや誰かと比べられることへの絶対的な拒否感や「私は私なの」という、本当は自分は自分らしくありたいのに…と、激しく声にならない自分自身の中にある叫びと一致する。

このことに、私に限っていえば、症状の名前が与えられるというのは良いことの様に思えた。そこに書かれた典型的な症状をひとつひとつ見ればずいぶん納得できた。と、同時にそれは私が私として漠然と苦しいのではなく、何か…例えば生まれて現在までに至る選べる選べないはあったとしても周囲の環境や、長年にわたり知らず知らずのうちに育まれたものに起因しており、それがそうであろう他の誰かと共有できるということは素晴らしいことのように思えたからだ。

ただ知っただけでは変わらない、そうやすやすと引き剥がせるほど私のそれは軽くない。むしろ自分の一部としてそうした側面が機能してる部分もあるとさえ思う。だから無理やりに引き剥がしたいとは思わない。なぜならこんな妙な不安やら自己肯定感の低さや、自己葛藤やら自己抑圧が激しい自分でもそれでも「あなたがいい」と言ってくれる人たちがいたり、信頼してくれる人たちがいるからだ。だからこそ、極端に生きやすくなるかもしれないと思いながらも、それを無理に引き剥がして自分が大きく変わってしまうのなら、無理に引き剝がすことなく、そんな自分とうまく付き合う方法を見つけたいと思う。


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