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短編集 | とある街で | 11:30 p.m.真夜中のモンブラン

とある街の、ある日。
どこかにいるかもしれない9人の物語。
知らない誰かとも、どこかで繋がっている日常を、
おやつと共に描く短編集。
(2021年11月開催 絵とことばの個展「おやつ展2」より)

週末の仕込みを終え、明日のスタッフのシフトを確認し、お店を出たのが10時半。途中コンビニによって帰宅し、ざっとシャワーを浴びたところで、すでに時計は11時半を回ろうとしている。

あぁ。つかれた。

毎日そう言って、ソファに倒れこんでいる。四六時中、仕事のことを考えているが、辛いと思ったことはない。

20代で都心のパティスリーに勤め、30代でフランスに修行に行った。自分より年下の子達と共にもまれる苦労はあったが、それでも夢のためと踏ん張った。
30代後半で帰国し、四十歳の時、夢だった自分の洋菓子店をオープンする。次第に口コミも広がり、メディアにも取り上げられるようになって、今では遠方からの来客や予約も絶えない。

フランス菓子への情熱、経験、腕は確かだと自負している。それなのに、この胸につかえる気持ちはなんだ。

「おいしいのだけれど、あの人は食べられないのよねぇ。」

いつも来てくださる上品なおばあさまが、私に向かって寂しそうに笑った。大切な人が、突然、乳製品を食べられなくなってしまったという。
「あなたのお菓子は、生クリームを使うでしょう?」と。
アレルギーをお持ちなのでしょうか。そう尋ねると、原因不明だという。
「病院でも検査したのよ。でもアレルギーは陰性。精神的なものが大きいみたい。毎年秋に、ここのモンブランを一緒にいただいていたの。今年も楽しみにしていたのに、残念ね。」

そんなこともあってか、帰りのコンビニで、普段買わないモンブランを買ってみた。最近のコンビニスイーツの進化は目覚ましいことは知っている。プラスチックの容器を開けて、付属のスプーンでクリームをすくい口に入れた。

うん、普通においしい。成分表示を見て、材料をチェックする。おや。栗が使われていない。代わりに、サツマイモと表記されている。商品名をちゃんと見ずに買ったが、「さつまいものモンブランタルト」とあった。改めて口に入れると、ほっくりとした甘さは、確かにサツマイモだ。

うちの店で作るのはフランス菓子が故、バターや生クリームをふんだんに使うことで、芳醇な風味を出している。そこを変えることは、私のお菓子づくりのルーツを変えることでもある。

でもどうだろう、これまでのやり方に固執しすぎてきたかもしれない。自分のベースを発展させたお菓子のあり方が、あるかもしれない。

おばあさまと、その大切な人を想った。
まもなく日付が変わろうとしている。明日も早い。でも、あふれるアイディアをノートに書き出していた。

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