作家・板谷敏彦さんに聞く、最新作「国家の命運は金融にあり 高橋是清の生涯」執筆の背景~後編~
前編はこちら ⇒ http://okuchika.net/?eid=11766
今回の対談ゲストは、石川島播磨重工業を経て日興證券へ転職し、2006年には和製ヘッジファンドを設立するなど、長年、運用の世界で活躍した後、作家となった板谷敏彦さんです。
板谷さんの初の著作『日露戦争、資金調達の戦い―高橋是清と欧米バンカーたち―』(新潮選書)を読んで感銘を受けた小屋は、つづく2作目『金融の世界史―バブルと戦争と株式市場―』(新潮選書)を仕事の教科書、副読本としてMLPの若手社員に勧めているほどです。
そこで今回は、週刊エコノミストでの4年半にわたる連載をまとめた最新作『国家の命運は金融にあり 高橋是清の生涯』(新潮社)について、板谷さんにたっぷりとお話を聞きします。
前編では作家になるまでのご自身のキャリアについて、後編では最新作完成までの経緯について、さらに歴史を知ることと資産運用の関係についてもうかがいました。
板谷敏彦(いたや・としひこ)
作家・コラムニスト
<プロフィール紹介>
関西学院大学経済学部卒。
卒業後石川島播磨重工業に入社、横浜造船所で溶接やガス溶断、機械職など1年間の現場実習。
船舶営業を経て日興証券へ転職。
外国株式業務からNY現地法人へ派遣。
当時米国でも勃興期のインデックスバスケット執行とプログラムトレーディングに従事。
帰国後は東京にて金融法人向け株式執行やデリバティブス、クォンツ分析、大型ポートフォリオヘッジなどを担当、
その後クレディ・アグリコル・インドスエズ、ドレスナー・クラインオート・ワッサースタイン証券のマネージング・ディレクターを経てみずほ証券へ。
みずほ証券では株式営業統括、国内外金融法人、地方金融機関なども担当した。
2006年独立してクォンツ運用手法によるヘッジファンドを設立。
2012年『日露戦争、資金調達の戦い』を上梓以降は作家専任となる。
<書籍情報>
2012年『日露戦争、資金調達の戦い』(新潮選書)
2013年『金融の世界史』(新潮選書)中国語の繁体字版、簡体字版もそれぞれ別の翻訳で発売されている。
2017年『日本人のための第一次世界大戦史』(毎日新聞出版→角川ソフィア文庫)
2024年『国家の命運は金融にあり 高橋是清の生涯』(新潮社)
<関連サイト>
日興フロッギーWEBサイト 連載記事
思わずドヤりたくなる! 歴史の小噺
https://froggy.smbcnikko.co.jp/series-name/historical-story
地方史『歴史の小噺』を4年間にわたり連載、47全都道府県をカバーしている。
●3年分の「タイムズ」を読み通して書き上げた最初の著作
小屋「板谷さんの最初の著書『日露戦争、資金調達の戦い―高橋是清と欧米バンカーたち―』(新潮選書)も、すごくおもしろかったです。戦費調達の使命を帯びた高橋是清と深井英五がロンドンに向かい、未だ二流国という扱いの日本の国債発行を目指す。日露戦争を描きながらも、戦争のシーンは出てこない。歴史の見方として、とても新しかったです。」
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板谷敏彦さん(以下、板谷)「歴史に証券価格を持ち込んだことで、説得力が増したと思っています。むしろ、何でいままで誰もやっていなかったんだろうと思いましたね。」
小屋「ほんとですね。同時に当時の政治のこと、軍事のこと、金融マーケットのことが多面的に描かれていて、『なるほどこういうことだったのか』と腑に落ちたことがたくさんありました。」
板谷「今回出した『国家の命運は金融にあり 高橋是清の生涯』でも、証券価格を使った経済史の視点はもちろん、高橋是清という個人の歴史、明治と昭和の政治史、軍事史が詰まっています。」
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小屋「僕らはあの時代の政治のことは学校の日本史でさらっと習うくらいですから、板谷先生のように事細かに書いてもらえると、本当に勉強になります。例えば、明治期の大日本国憲法下の『内閣不一致で総辞職』、言葉としては知っているけど、それはどういったものだったのか。そういったことがよくわかりました。」
板谷「大日本国憲法では、第4条で『天皇は国の元首にして統治権を総攬』する旨が規定されていて、内閣総理大臣は統治権の総攬者として立法、司法、行政権を一手に引き受ける天皇が任命する国務大臣の1人だった。つまり、他の国務大臣と同等の位置づけで、戦前の内閣総理大臣の権限は強くなかったんです。結果、当時は他の大臣、例えば、軍部に近い政治家の反対によって閣内不一致となり、それを原因とした内閣の交替が頻繁に起きていた……もしかすると、私の本は論述試験のある大学を受ける受験生が読むといいとかもしれないですね。」
小屋「たしかにそうですね。板谷さんの本を読んでいて感じたのは、下調べから執筆まで、本当に手のかかるお仕事をされたな、ということです。それも、ファンドの知名度をあげるために書き始めたと聞いて驚きました。そのアイデアは理解できますが、大変な作業だし、遠回りでもあると思います。どうしてこのテーマを書こうとされたんでしょう?」
板谷「正直に言うと、あんなに大変だとは思ってなかったんですよ(笑)。最初の本のアイデアはずいぶん前から持っていました。あるとき、たまたまヘブライ大学というイスラエルの大学の研究室がまとめた日露戦争の時代のファイナンスに関するレポートを目にすることがあって。そこには戦争に至る経緯と、国債価格の月次の記録がまとめられていたんですよ。当時の出来事と国債価格の変動を見比べていくと興味深い関連が見えてきて、おもしろいな、と思った。それで本を書き始めた時、最初は月次価格で進めていったんです。ただ、それだと臨場感に欠けている。それで、週次のデータを集めたけど、まだ足りない。じゃあ日次で……と思ったけど、そうなるともうデータベースなんかないわけです。」
小屋「それでどうされたんですか?」
板谷「ちょうどイギリスの新聞『タイムズ』がオンラインで個人向けに古い紙面を閲覧できるサービスを始めた頃だったんですよ。年間100ポンドくらいだったかな。意外と安くて。それで毎日、自宅の書斎でモニターに向かい、3年分の新聞の株式欄に目を通した。」
小屋「3年分!」
板谷「そりゃ書き上げるのに時間がかかるわけだよね(笑)。でも、いろいろな発見がありましたよ。例えば、1904年10月にドッカーバーグ事件というのが起きています。これはロシア帝国のバルチック艦隊が極東に向かう途中、濃霧の中で日本の海軍の船だと誤認してイギリスの漁船団を砲撃し、漁民に死傷者が出たという事件です。司馬遼太郎の『坂の上の雲』にも記述があるけど、タイムズの紙面では1週間ずっと一面。見出しにはデカデカと「アウトレイジ!」暴虐、と出ていた。世論の反応はすさまじくて、イギリスで日本の国債の人気がぐっと上がっていったんです。」
●すべては高橋是清を書くために。必要なピースを集める日々
小屋「本を出して、評価され、『作家になろう』と思って、それからどういう活動をされたんですか?僕なんかは業界が違いすぎて、作家になっていく道筋のイメージがうまく描けないんですが……。」
板谷「いや、僕もわかりませんでしたよ。どうやっていくんだ?と思ってた。でも、最初の本を出した新潮社の人や産経新聞、週刊エコノミスト、金融財政事情など周りの人が助けてくれて、道筋が開けていった感じですかね。」
小屋「当時、『日露戦争、資金調達の戦い』の次に書く本のテーマもすでに持っていたんですか?」
板谷「本を出す以前から『金融制度のことがよくわからない』という質問をいっぱい受けていたんですよね。学べばおもしろそうだけど、核心がわからない。そんな声が多かった。だったら金融の歴史と仕組みを説明する本を書いてみようかな、と。それが2作目の『金融の世界史―バブルと戦争と株式市場―』(新潮選書)です。そのあと、金融についてわかりやすく書かれたビジネス書も増えていったけど、それらに先駆けて出せた本ですね。」
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小屋「私も読みました。おもしろかったです。」
板谷「『金融の世界史』はいまも重版を重ねていて、中国語の翻訳版も簡体字版、繁体字版ともに中国や台湾で売れている。作家でやっていけそうだなと思わせてくれた本でした。」
小屋「普遍的にどの国でも売れそうな内容ですよね。うちの社員を含め、金融を学びたい人に個人的に勧めています。」
板谷「高橋是清については『日露戦争、資金調達の戦い』について準備しているときから、いつか書こうと思っていました。あの本では是清だけにページを割くことができなかったけど、調べれば調べるほどおもしろい人だな、書きたいな、と。ただ、是清の大正や昭和初期を書くにはもっと深く第一次世界大戦を知らなくてはいけないと思った。そこで、3作目は『日本人のための第一次世界大戦史』(毎日新聞出版)を書きました。またまたリサーチして書くのに3年くらいかかったんだけど、その間、『週刊エコノミスト』『週刊新潮』『週刊現代』『週刊ダイヤモンド』といった雑誌が書評の仕事をいっぱいくれ
て、その原稿料やなんかでつないでいけたので、ありがたかったですね。」
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小屋「なるほど、そうやってリサーチと執筆が続けられたんですね。」
板谷「それから第一次世界大戦の次は『原敬を知らないと是清を書けない』と思って、原敬のリサーチを始めました。」
小屋「原敬内閣で蔵相を務めたのが高橋是清で、原敬が暗殺された後、首相を引き受けたわけですから、そのつながりを掘り下げていこうとされたんですね。」
板谷「盛岡の生家とお墓にも取材に行ってきました。お墓にはただ『原敬の墓』とあるだけ。本人の意向で、戒名も、業績も、一切書かれていない。原敬も調べれば調べるほど、魅力的な人物です。」
小屋「原敬のストーリーは、どこかで書いているんですか?」
板谷「いや。ただ資料はあるから、書いてと言われれば、面白く書けますよ。」
小屋「そうして日露戦争から第一次世界大戦、原敬、と、高橋是清を書くためのリサーチを重ねられて。どんなタイミングで是清に着手することになったんですか?」
板谷「原敬の本を書こうと思って、『週刊エコノミスト』の編集のところに相談に行ったんです。そしたら『板谷さんて、高橋是清を書きたいんじゃなかったっけ?』と。『そうですよ。だからそのために原敬を……』と答えたら、『人はいつ死んじゃうかわかんないですよね。僕もあなたも。だったら本当に書きたいテーマを書き始めちゃいましょうよ』と言われて。それもそうだな、と。」
●過去と現在、歴史を知ることと投資はつながっている
板谷「最初は『連載100回で』という話だったんですが、70回くらいまできたときに『これは100回では終わらないな』と思い始めた。そしたら編集から『板谷さんの好きなだけ書いていいよ。ただし、いままでの高橋是清の本は、本人の残した自伝に書かれた部分が分厚い。僕は、自伝に書かれていない、そのあとの部分を読みたい』と言われて。それを今回の本『国家の命運は金融にあり 高橋是清の生涯』の下巻にたっぷり描写しました。本当に書きたいだけ書いたら、連載が終わるまでに4年半(※)かかってしまって(笑)。でも、じっくり調べられたし、高橋是清のお孫さんにもお話を聞くことができたし、今まで表に出ていた話とは違うエピソードも収集できて、充実した時間でしたね。」
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※連載時タイトルは「コレキヨ 小説 高橋是清」……週刊エコノミスト2018年7月10日号から2022年12月20日号まで4年半、217話にわたって連載された
小屋「どんなエピソードですか?」
板谷「これまでの是清の本では、本妻の体が弱かったので、お妾さんが家政を仕切っていたと書かれているんですよ。でも、お孫さんに話を聞いたら全然そんなことなくて。台所の横に控え室みたいな部屋があって、そこに本妻が陣取り、全部差配していたそうです。このことは本宅に出入りしていた他の人からも確認が取れて、新しい発見として本の中に書かせてもらいました。」
小屋「これまで書かれていたのと違う事実、おもしろいですね。ちなみに、歴史を学ぶことは株式投資や資産運用をする人にとって、どんな意味合いがあるとお考えですか?板谷さんのなかで歴史を知ることと投資に繋がりはあるでしょうか。」
板谷「つながっていますし、そのものズバリですよ。現在の僕たちが何かの状況を判断するとき、過去の事例を参考にしますよね。もちろん、過去とまったく同じことは起きないけれども、似たようなパターンになることは数多くある。それなら、歴史を知っている方がいいじゃないですか。とても単純な話です。」
小屋「そうですよね。私も歴史の勉強は資産運用をしていく上で、意味があると思っていました。」
板谷「そもそも歴史を知ることは楽しいことでしょ?歴史を知っていると、ニュースがわかるようになる。曇っていた窓ガラスがちょっと綺麗になるというか、物事の見え方がクリアになっていくイメージかな。興味のある人物、関心のある時代の歴史を自分なりに掘り下げる時間を持つことは、人生を豊かに、おもしろくしてくれると思います。」
【了】
株式会社マネーライフプランニング
代表取締役 小屋 洋一
【独立FPラジオ】
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(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)
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