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短編小説『今のワタシを見て欲しい』

ご飯と味噌汁、冷奴、いんげんの胡麻和え、そして鯖の煮付け。

こうやって料理を並べてみると、器って大事だなと思う。

せっかくの料理も、有り合わせの食器では台無し。もっと、気の利いた食器を揃えていたら良かった。しかもオトーサンは、そのあたりにうるさそう。
さっきから、お茶碗とか、お箸を鑑定士みたいに目の前に持って裏側を見たり、表面を撫ぜたりしている。

コップはオトーサンのはミッキー、私のはミニーちゃん。多分、この辺りに違和感があるのだと思う。

箸置きだけはお揃い。この中で、一番高価なのは箸置き。砥部焼と言って珍しいらしい。お父さんが言っていた。お父さんが、結婚するときに岡山の実家から持ってきたんだって。オトーサンは、その辺、気が付いていないみたい。

「立派なお茶碗ですね。それに、このお箸と箸置きも」

「気になりますか、古い物ですいません」

「気になるどころか、趣味がいいですね。私の好みとぴったりです」

「気に入ってもらえて、大変嬉しいです。実は、それらは父親が使っていたものです。家を出る時に、持ってきました」

「そんな大切なものを私が使ってもいいのですか?」

「ええ、いつか使ってくれる人が現れると思っていました」
気に入ってもらって良かった。それらは、言ってみればお父さんの形見。それを、オトーサンが使ってくれるなんて夢みたい。しかも、褒めてもらった。

「お父さん、お帰り」なぜか心の中で思った。お父さんが、オトーサンの姿を借りてここに来てくれたような気がした。ワタシ、お父さんに色々と冷たくしてごめんなさいと謝らないといけないと思った。

お父さん、ごめんなさい。あんなに早くいなくなるなんて思わなかった。
お父さんの記憶の中に「私」って刻まれているの?刻まれているとしても、小学校低学年の頃の私の姿のはず。それ以降はないはず。

お父さん、ワタシ大人になったのよ。お父さんが好きだった鯖に煮付けも作れるようになったのよ。お父さん、ワタシを見て。そして、お父さんの記憶の中に今のワタシを刻んでください。

オトーサンの戸惑った表情が、溢れて出てきた涙で滲んでお父さんの顔に変わった。

「お父さん、ワタシの今を見て」

ワタシは、お父さんという過去の記憶を辿るのも辛いし、それを引きずってこれから生きていくのは、もっと辛い。

ワタシは、ひとり。

過去も未来もなしに、ただ現在をさまよって行くしかないの。

誰か助けて。

ふと、ヤマギシ君のことを思い出した。

ステージの上で、歌うことができなくて途方に暮れているヤマギシ君の姿が頭の中に出てきた。

そう、今のワタシは、あのヤマギシ君の姿と同じ。

大人になったヤマギシ君、今度はあなたがワタシを助ける番よ。

そう、ヤマギシ君、ワタシを助けて、お願い。

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