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小説『スカイフック』第7話 襲いかかる魔の手


街は、すっかり闇に包まれた。人々は我が家に帰り、光を少しも漏らさないように工夫して、声を潜めて蠢くようにして生活している。通りを歩く人は誰もいない。死んだ街に、生物が自らの存在を消して棲息している様は、恐怖以外に何もない。

沈黙を破るように、無線機がにわか雨のような雑音をたてた。

「2045敵機発見、緯度137度、 北上中、機体は6機」

知多半島の突端に設置された監視所から、無線が入った。

誰もが、今か今かと息を飲んだ。しかし、6機は少ないなと思った。今までに6機で爆撃に来たことはないので、夜間偵察程度のものだろうと高を括っていた矢先に、又にわか雨のような雑音が鳴った。

「敵機6機の後続に、又敵機6機発見。又6機、また6機、後続は続きます」

守備隊は、これを聞きアメリカ軍が以前と違った作戦に変更していることに気がついた。敵が狙いを定めているのは、三菱発動機名古屋工場に違いない。

米軍は、日本の戦闘機の攻撃が余程応えるのか、最近は戦闘機の部品を作っている工場ばかりを狙ってくる。

明らかに、工場をピンポイントで狙って来ている。工場の北側には、中部司令部があり、選りすぐられた守山高射砲部隊が控えている。

しかし、今までの迎撃方法では、対処出来ない。昼間の高高度での爆撃に対しては、弾幕を張り、高射砲を当てると言うより、目標物を見えなくするのが役割であったが、今回は違うようだ。

視界の効かない夜間に編隊が縦列でやって来ると言うことは、ピンポイントの爆撃ではなく、帯状の爆撃になる。つまり、周辺の建物を含んだ絨毯爆撃になるのである。

しかも、海からの攻撃になると、森山高射砲分隊は、精鋭とはいえ真っ向からの発射は難しい、ましてや夜間攻撃になれば、敵機に当てるなど、空を飛ぶ燕を切るよりも難しい。

「一体何機攻撃して来るのだ?」

中部軍参謀部が監視所に問い合わせた。

「現在、200機が上空を通過中。後続あり、200機通過、後続あり」

その報告を受けている頃には、米田上等兵のいる鶴舞公園にも、先頭のB29の編隊が姿を現していた。姿は、見えないが追いかけるサーチライトの光の乱れ飛ぶ先にその銀色に光る機体を見ることができた。笠寺に設置された高射砲部隊からは、もう攻撃を開始していた。

「思ったより、低くて遠いな」

米田上等兵は、手元に明かりを寄せて手帳に何やら書き出して、昨日貰ったばかりの計算尺を使って、計算を始めた。

そうしているうちに先頭の編隊が遠くを横切って行き、爆弾を落とし始めた。森山高射砲部隊も攻撃を開始し始めた。しかしそれは、重装備の歩兵に素手で立ち向かうような抵抗にしかなかった。

街は、急に目を覚ましたように賑やかになった。光と光が交差して、爆発音が遅れてやって来る。

地面が微かに振動している。

鶴舞高射砲分隊への攻撃開始命令はまだ出ない。      つづく


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