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大河内健志
2023年2月25日 14:15
「お龍」布団の中にいて寝つかれなかったお龍は、今確かに龍馬の声を聴いた。はっきりと、龍馬から名前を呼ばれた。夜明けのように障子から薄明かりが差し込んでいる。お龍は、障子を開けた。見事な満月。何処から聞こえるのか、清らかな鐘の音か長く尾を引いて流れている。向こうの山影から青白い光の玉がすっと上がった。一直線に満月に向かって昇って行く。そしてその青白い光は、満月の光に照
2023年2月11日 12:10
「リョウマ、マダシヌナ、ユメガアルハズ、シヌナ、ユメユメ、ユメヲカナエヨ、マダシヌナ、リョウマ、シヌナ」瀕死の中岡慎太郎があえぐようにつぶやいている。よし、寺田屋の時のように、力ある限り逃げよう。あの時のように屋根伝いに逃げよう。しかし、あの時はお龍がいた。三吉慎蔵もいた。今、誰もいない。恐怖よりも孤独に胸が締め付けられる。龍馬は左手に持った抜き身の脇差を杖代わりに
2023年2月4日 11:40
火鉢の灰を頭からかぶった龍馬は、一瞬何が起こったのか理解できない。炭の火の粉もはねたようで、髪の毛の焦げた匂いがする。目が明かない。耳が聞こえない。辺りは騒然としているのに、沈黙の世界である。先程流した涙のおかげで、闇が溶け出すように徐々に視界が蘇ってくる。顔を袖で拭おうとしたが右手が焼けるように熱い。重くて手が上がらない。右手を見る。拳銃を握ったままになっている。右手