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【小説】三千万の物書き8

―謂れのない『大規模テロ未遂の首謀者像』をでっち上げられて逮捕されるも、無実を勝ち取り、時の人となった株式会社アレイスのCEO、蓼丸 鏡耶(二十九歳)
 彼は何故標的にされたのか、誰に狙われたのか……現在開示されているすべての真相を、時系列にまとめてお伝えします!―

どうせ誰がどうなろうと大した興味もない癖に、いつも通りセンセーショナルな見出しで好奇心を刺激するニュースを眺める。
俺にとってこれらはすでに決着した過去で、これからは余談ってやつだ。

つまり…………『理想の茶室(フィクションズカフェ)』は、俺の物語はきちんと叶い、証拠の捏造が毎日のように暴かれていったわけだ。

それに伴って俺への尋問は緩やかになり、拘留中にも関わらず待遇は日々改善され、同時に捏造の関係者は日ごとに増え続けた。
散々俺を悪者扱いしていた報道各社は、贖罪のように手の平を返して釈放を声高らかに訴え、証拠捏造に関与した多くの人物を吊るし上げ始める。
対象者は民間企業の重役から始まり、政治家、官僚、警察・公安を含む政府の人間までもを巻き込んだ一大スキャンダルに発展。
当然のようにその中には報道関係者の重鎮も満遍なく含まれており、各社が互いに牽制し合う場面もあったそうだが……。

最終的に『自分たちも誤報させられた被害者である』との印象操作に落ち着いたようだ。

曰く「我々は警察発表に踊らされた」とか。
曰く「謎深き事件だ」とか。
曰く「政治的圧力が働いた」とか。

大企業のCEOが捕まる一大スキャンダルに飛びつくなっていう方が無理だとは思うぜ?
でもな、裏取りもせず、警察からの情報を垂れ流しにするだけならお前らはいらねえんだよ。

何より俺の立場が被告から被害者・証人へと変わったことで、解放が遅れて俺自身への世間の火消しができなかった。
そんな全面的な被害者の俺を世間の非難から逃れるために『報道しなかったこと』を叩かれまくり、この失態は広く海外メディアでも取り上げられるほどになった。
初めてインターネットの情報が報道機関に勝った瞬間だ。
ざまあみろ。

対して告発者たる颯太の評価は『正義の味方』から激変することになった。
巻き込まれただけの俺を陥れた稀代のピエロの一人と罵られ、むしろ日々捕まる共犯者の一人だろうと囁かれた。
その声は身の危険を感じるほどになり、敵対すらしていた警察に、釈放前の俺から警護を頼むことになったのは皮肉なんだか。

「っはー! 馬鹿だな、馬鹿!」

「馬鹿ってなんだよ! こっちは随分心配したんだぞ!」

俺が解放され、颯太が迎えに来た時に初めて交わした言葉だが、たったこれだけで終わるのはこいつだけだろうな。


さて、事の顛末を話そうか。
俺はあの爺さんの店『理想の茶室(フィクションズカフェ)』を利用してからすぐに捕まった。
重犯罪者の形で警察が、テロ行為の方向では公安に目をつけられていたから、それはもう簡単に。
実際は捜査協力の名目で自主的に警察署に出向いたんだけどな。
これは出鼻をくじけたのは意趣返しってことで許してもらうとして、従順な姿勢は相手の印象をよくするものだしな。

テロ未遂の話が出た時点でCEOを降ろされ、事情聴取の要請が来ていたんだ。
俺がどうこうできる段階をとっくに過ぎていて、謂れのない罪の証拠はどれも『俺の関与』を示すのだろうと察しは付いた。
案の定、その後の調査で出て来たのは、やはり俺が関与する証拠ばかり。
まったく……よくできた筋書きだと言わざるを得ないよな。

それにここまでする相手だ。
どれだけの権力を持っているかもわからない。
もしかすると政府の要人まで関わっている可能性も否めないわけで、正面切って戦えるヤツなんてそう居ないだろう。
実際俺は知らぬ間に手を回されて敗北したわけだしな。

そしてあの融通の利かない爺さんへの依頼は『自分の物語を書いてもらう』ことだ。
だから誰かを犯人に仕立て上げるのは不可能だし、できたとすると自分と同じ不幸な誰かが生まれるだけだ。
せめて相手を知っていて、それでいてやり口やらやっていたことなんてまで知っていれば別だろうがね。
まぁ、そこまで分かってるならあんなファンタジーに頼ることもなかったんだろうが……。

いや、違うか。
真相を暴けたとしても、公権力を振りかざす相手に成り上がりの俺が勝てるとは思えない。
結局頼る羽目になりそうだな……まぁ、それならそれで受け入れよう。

ひっくり返せないのなら『誰か』が作り上げたその証拠、俺が有効に使ってやろうじゃないか!

そう思って、警察・公安が探し出してきたとされる証拠すべてに『俺以外の関与』を匂わせる物語を願った。
提示された証拠と関わりのない俺を繋ぐ細工をするため、必ず『誰か』は存在する。
こうした誰かの関与は黒幕まで繋がっていて、関係者を吊り上げれば後は芋づる式ってわけだ。

俺をハメた馬鹿共を一掃するための物語。
けれどこれは博打でもあった。

俺はこの喫茶店を出れば、いつ捕まってもおかしくない状況だったからな。
捕まってしまえば調べものなんてできず、ただ静かに法廷に連れ出されるだけだ。
それに誰かが気付いたところで、暴いてくれるかも、公権力に潰されないかも分からないからだ。
あぁ、そうか……尋問も存在するかもしれないな?
ただ俺は何も知らないわけだから、答えようもないわけだが。

それを解決するために、物語の中には『情報の拡散』も含まれていた。
むしろ一つ目がおまけで、こちらが本命なんだがな。

ネットに上れば情報の回収はもはや不可能で、興味を持たれれば一気に拡散をしていく。
特に『テロ未遂の元大企業CEO』と名高い俺が捕まっている今なら、そうした不可解な情報は瞬く間に日本中を駆け巡る。
あの『大富豪アーカディアの自演』と同じように、世界中に知れ渡る事件に育つだろう。

そうなればもう手遅れだ。

俺が関係する盤石なはずだった証拠から、好奇心旺盛な一般市民はこぞって『捏造者』を探し出し、逆に俺を部外者へと立ち位置を変えさせる。
知らぬ間に引きずり出されていく『捏造者』は、新たな証拠と繋がり、権力の笠でも覆いきれなくなっていく……というのが俺の筋書きだ。
切っ掛けは作れたとは思うが、やっぱりそれでも捜査権と司法権を持つ国家権力が相手だと分の悪い賭けかもしれないがな。

そんな分の悪かった賭けで勝ちを拾えたのは、すべて告発者の立場で証拠をひっくり返した颯太のお蔭だ。
一つでも間違った手段を取れば、俺と同じように社会的に抹殺されていた可能性は高かった。
お互い綱渡りの状態でよくもまぁ、生き残ったものだよ。
しかし、どうやって俺の不利をひっくり返したのか、全然教えてもらえないのは何なんだろうな?

ここからは後日譚みたいなものになるか。

俺が解放されてからすぐに、颯太と一緒にアレイスに連れ去られた。
売り払う間もなかったので株はまだ持っているものの、俺はすでに解任された部外者になっている。
何の用かと首を傾げつつ役員たちの前に引き出されると、全員が全力の土下座と共に「CEOに戻ってください!」と口を揃えて言いやがった。

どういうことかと問えば、おかしなことに仕事が回らなくなっていたのだ。
メインの技術者が抜けたなら分かるが、俺がしていたのは決定と命令ばかり。
業績を落とすならまだしも、いきなり仕事が回らない事態に陥るはずがないんだ。

原因は『無実の俺を会社から追い出す経営判断を下した馬鹿と仕事はできない』と内外に指摘を受けたから、らしい。
あれだけ大きく取り上げられればアレイスへの不信は募るかもしれないか……。
ただ、一見もっともな意見でも、あの場面なら俺でも同じように追い出すぞ?
クライアント含めて関係者全部馬鹿かよ……理由を訊けば呆れるしかない。

だから『本当の理由』は、クライアント側にも関係者が居て、気まずいからそんな言い訳で逃げようとしてるんだろう。
ともあれ、窮地に追いやられた元俺の会社、アレイスを立て直すには、どうしても復帰が必要なんだとさ。

確かに新規開拓を始められるほど今の会社に体力はないよな。
まぁ、逆に俺が復帰すれば丸く収まるはずだし、クライアントにも大恩があるわけで、よりよい利害関係が結べるはずだ。
是非とも覚悟してくれたまえ。

そこから始めたのが先の放送だ。

番組スポンサーに別会社を挟んでアレイスが参加している。
つまり俺と、その親友颯太の名前を使って美談に仕立て上げ、それぞれの潔白を知らしめる広報活動ってわけだ。
未だに様々な憶測が流れ続ける中で、当事者であり中心人物でもある俺たちの視点を取り入れた報道が始まった。
一番衆目を集めていたタイミングのため、大富豪アーカディアと同じように一瞬で海外を駆け巡り、俺と颯太の名前や顔や経歴は、あの事件と関連付けられて今ではwikiまで存在する。
やはり俺のプロモーションは間違いではないわけだな!

ともあれ、良いのか悪いのか……一時はどうなることかと思ったが、終わってみればすべてが丸く収まった。
あの爺さんに礼を兼ねて教えてやりたかったが、その後あの喫茶店へたどり着けることはなかった。
ファンタジーを目の当たりにし、世の中の深さを知ることとなった。

なかなかどうして世の中というものは分からないものらしい。
そうそう、あの喫茶店の存在は極力秘密にしてほしいそうだ。
最近は客人が多くて困る、とぼやいていたからな。
俺もアーカディアのようになりたくはないし、何も異論はないさ。



ここは現世最後の寄る辺。
すべてを投げ打ち、血眼になって探す者だけが扉を開ける。
対価に現世の価値である三千万円を求め、望む物語を現実にする『理想の茶室(フィクションズカフェ)』。

「これだから、ヒトというものは面白い」

世界の片隅でカップを磨く老人は、実にいい笑顔で呟いていた。

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