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映像と印象を操る妙手 ジェフリー・ディーバー再読(1)リンカーン・ライムシリーズ

ミステリーの新たな発見

読んでおもしろいミステリーには、伏線や証拠をもとに、いろいろな推理ができる仕掛が用意されている。
舞台となる社会、時代、風景や専門分野について、好奇心をそそられることもある。
ストーリーと表裏一体となって、読む人を話に引き込む要は、登場人物主の性格とその人生についてだ。ある人物に感情移入すればするほど、作者の世界にどっぷり浸かり、その世界を味わえる。
大好きなミステリーを再読して、発見したことを記すことにした。ミステリーの味わい深いところを書く楽しみがふえた。ジェフリー・ディーバー著、池田真紀子訳、ボーン・コレクターを再読した。

ミュージシャンで弁護士でもある小説家

ジェフリー・ディーバーは、ジャーナリストでありフォークシンガーをしていたこともある弁護士だ。この他に脚本家もしていた多才な作家として紹介されている。
「本を初めて書いたのは11歳。小説家にずっとなりたかった。」インタビューに応えたことをディーバーのサイトに載せている。
小説家として専業になったのは40歳、それまではニューヨーク州ウォール街にある法律事務所で働いていた。シカゴからニューヨークまでの通勤時間をつかって、構想を練り小説を書いていた。日々通勤したわけではないだろうが、時間はたっぷりあったのだろう。

人が社会で起こす問題を、法的論理を使い解決する弁護士として腕を磨いた。またフォークシンガーとして、独創的で繊細な曲を奏でるミュージシャンでもあったディーバー。創作した作品は、世界150カ国、25ヶ国語に翻訳された。40の小説を世に送り、数々の賞に輝いた。異文化の国にも読者がいるサスペンス小説を書いてきた。
日本では、"このミステリーがすごい"年間海外ミステリー1位に2回選ばれた。ウォッチメイカー(2008年)と、スキン・コレクター(2016年)だ。

現実にありそうな恐怖を呼び起こす

1997年の作品、ボーン・コレクターは、リンカーン・ライムシリーズの第一作。リンカーン・ライムシリーズは、現在16話まである。ボーン・コレクターは、1999年に映画になった。名優デンゼル・ワシントンが、科学捜査官リンカーン・ライムを演じた。安楽椅子探偵だ。テレビドラマとして2020年にリメイクされた。


イエローキャブが並び昆虫を連想させる

金曜日午後10時30分。出張帰りに飛行機が遅延し、深夜、ニューヨークに、銀行の女性ディーラーとその男性上司が到着するシーンからはじまる。空港ターミナルに並ぶ黄色いタクシーの行列を見て、「まるで昆虫のようだ」と女は感じた。イエローキャブを見て昆虫を連想するという描写は、よく考えられた表現だ。読んだときは、一瞬止まって、なぜ昆虫なのだろうと思った。これこそこが、ディーバーが考えた、芸術的な演出だ。

無限に続くタクシーの黄色い行列。その色と相似形の繰り返しが、どこか昆虫を連想させた。

ボーン・コレクター

長時間のフライトによる疲れと眠気で、気分が冴えない女。その不快感を呼び起こさせるだけでなく、不吉な予感をさせる描写がつづく。

”はらわたを食われたアナグマの死骸を発見したときに感じる悪寒”。

ボーン・コレクター

動物の死に直面するイメージが、不吉な感じを抱かせる。

”アカアリの巣を壊し、ぬらりと光る虫が、右往左往する様子を眺めたとき”

ボーン・コレクター

得体のしれない生物の不気味さが、じわっとつたわってくる。ここまでに事件はまだ起きていないが、死と不気味さを強く印象づけている。

深夜、ターミナルで待つシーンの風景と眠くて疲れている女の様子が、不吉な前触れと事件の暗示となっている。徐々にサスペンスに引き込まれてゆく。ありふれたこのシーンから、男女が恐怖に遭遇する事件へとつづき、ミステリーが始まる。

どこにでもある情景の描写が、忌まわしい事件を予告するかのように、じわじわと不吉と恐怖が伝わってくる。

行列するタクシーの色と相似形の繰り返しから、昆虫を想像するという表現には、疑問をもつ人が多いはずだ。深夜タクシーを待つという平凡な情景描写だが、不吉を孕み、事件を予感させる。再読して気づいた深い味わいのある書き出しに、流石ディーバーと嘆息した。

芸術家で弁護士でもあるディーバーらしい物語の演出について、さらに深く考えてみた。 つづく



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