No.645 けだし名言!胸に抱いて
「かんしゃくの くの字を捨てて ただ、かんしゃ」
高森顕徹著『光に向かって 100の花束』(2000年11月1日、1万年堂出版)にある言葉だそうです。川柳のような人生訓ですが、私にもストンと腑に落ちるのです。
森鴎外の小説「ぢいさんばあさん」は、主人公・美濃部伊織と妻・るんの愛情物語です。伊織は剣術に長け、書道や和歌の嗜みのある好青年でしたが「癇癪持ち」の性癖があり、ある夜、刃傷沙汰を起こし捕らわれて37年間も預かりの身となってしまいます。妻のるんは、長年夫に貞節を尽くし、さる屋敷に奉仕し続け、ひたすら夫の帰りを待ちわびます。晴れて再会できた時、伊織は72歳、るんは71歳になっていました。
あの日、あの時、伊織が堪忍袋の緒を締めて「癇癪玉」を破裂させなければ、夫婦の苦節37年間は違うものになっていたはずです。「かんしゃくの くの字を捨て」ることが出来なかったための長い長い夫婦の苦難の道のりだったのです。肝に銘ずべき言葉だと思いました。
さて、昨日のBSプレミアム番組「芋たこなんきん」第150回「ほな、また!」の中で、すごく胸に響く言葉がありました。それは、
「いささかは 苦労したとは 思うけど 苦労が聞いたら 怒りよるやろ」
という主人公・花岡町子の一言でした。見舞いに来た人々の言葉に応じた、夫を看病中の町子の即席の歌です。笑いの中に真実があり、謙虚に生きることの尊さを改めて感じ取らせてもらった言葉です。こういう時の関西弁は、しみますね。
2006年度下半期に放送された朝の連続テレビ小説「芋たこなんきん」は
「大阪の商店勤め、37歳独身の楽天娘・花岡町子が、ある日、町医者・徳永健次郎と恋に落ち、結婚へ。しかし、なんと嫁ぎ先は10人の大家族だった!」
「作家の田辺聖子さんの半生と数々のエッセイ集をベースに、大阪の戦前から戦後復興期を経て、 さらに現代へと明るくたくましく面白く生きたヒロインと、その家族のてんやわんやを描く、藤山直美主演の笑いと涙のホームドラマ。」
という番組制作の触れ込みです。
何気ない日常に見え隠れする人情の機微、ドタバタあり、涙あり、笑いありなのですが、名優が醸し出す大人の雰囲気の会話や所作は味わい深く、作品世界にどっぷりと引き込まれました。そんな折りも折りの、あのリズムある名言が、歌でも歌うようにサラリと語られたのです。
「いささかは 苦労したとは 思うけど 苦労が聞いたら 怒りよるやろ」
蓋し名言。こちらも肝に銘じておきたいと思った次第です。
※画像は、クリエイター・えんなけいこさんの「登場人物は、少ないほうがいい。」という作品です。人形に温かく深みある人生の歴史が伺われます。