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No.1248 駿河の国の茶の香り

♪  夏も近づく八十八夜
 野にも山にも若葉が茂る
 あれに見えるは茶摘みぢやないか
 あかねだすきに菅(すげ)の笠
 
1912年(明治45年)に刊行されたこの文部省唱歌は『尋常小学唱歌・第三学年用』が初出だそうですが、作詞者・作曲者は不詳だそうです。

その年の7月30日に「大正」と改元されましたから、「茶摘み」は既に112年の歴史を持つ歌です。明治のころには「茜襷に菅の笠」の歌そのままに茶摘みの女性たちの働く姿が見られたのでしょう。

八十八夜とは、立春から数えて88日目の5月1日~3日頃のことだそうです。まさに、春から夏に移る節目のころのお茶の産地の光景です。八十八夜に摘み取られた新茶(一番茶)は、八十八が「米」の字になることから「米寿」まで生きられるとか、「この一年、無病息災に過ごせる」などと言われ、縁起を担がれてもいるようです。

つい先日、静岡の友人が新茶を届けてくれました。あれっ???
彼のお兄さんがお茶づくりに励んでおり、その茶園の新茶を40年近く送り続けてくれたのですが、数年前にそのお兄さんが病没し、いつまでも彼の厚意に甘えられないと思っていました。

ところが、今年もまた「新茶」が届いたのです。彼の手紙には、
「さて、今年も新茶の時期となりました。友人の作る新茶は、今年は生育が早いと言っておりますが、どうぞ芝川の味をご賞味ください。」
とありました。わざわざ友人から分けて貰って、我々友人に振る舞ってくれたのです。

吉田兼好の『徒然草』(第百十七段)に言う、
「よき友、三つあり。一つには、物くるゝ友。二つには医師(くすし)。三つには、智恵ある人。」
に従えば、彼は、まさに「良き友」、いや「畏友」です。何人もの友人たちに毎年送るのですから、おいそれとできる事ではありません。どんだけ人情の厚い男なのでしょう!

新茶は香りがより立ちます。茶の表面に産毛のような「毛茸(もうじ、もうじょう)」が浮きます。かすかなとろみと、ほのかな甘さを感じるお茶でした。「ハァ!」と嬉しいため息が出ます。人の手と心のぬくもりを茶碗に感じる至福のひと時です。

その彼の手紙の終わりには、自作の句が付け加えられていました。
「万緑や 大地に大の字 天を観る」


※画像は、クリエイター・okamiさんの「茶畑」の1葉をかたじけなくしました。タイトルは「新茶」とありました。お礼を申し上げます。