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No.655 朝から感動をありがとう!

「病院の朝は早い。目覚めると、新聞配達のアルバイトをする息子が顔を見せた。『今日から配達区域がこの近くに変わったから、ついでに寄ったんよ。新聞好きやろ』と、朝刊を手渡してくれた。
 12年ほど前の冬、私は思いもよらない病気で入院した。まだ暗い夜明け前、3階の病室から眺める街並みは、立体的で箱庭のようにきれいだった。人影のない道路を1台の自転車が走る。息子を心待ちにする私には、近づくライトが幸せを運ぶ軌跡のように見えた。
 部屋の中は暖かいが、受け取る新聞は冷たくて外の厳しい寒さを感じさせる。雪の降る日は氷に触れるようだった。
 ドアを開け、『持ってきたでー』とほほ笑み、『また明日来るわ』と手を振って出ていく。わずか1分たらず。そんな朝が3か月ばかり続いた。
 梅の花が咲くころに退院し、翌日から息子の配達区域は元に戻った。申し合わせたようなタイミングに私は、はっとする。息子は偶然だと笑い飛ばした。」
(第22回新聞配達に関するエッセーコンテスト最優秀作品 滋賀県63歳・男性)
 
数年前の大分合同新聞朝刊に掲載された受賞作の全文です。コンテストの性格上、恐らく全国紙でも地方紙でも紹介された作品だっただろうと思います。新聞社の方々、販売店の方々はもちろんのこと、多くの人々も目を細めて読んだのではないでしょうか。父親の深い愛情と息子の不断の孝行の姿に鼻の奥がツーンとして来ます。
 
ごく自然にやりとりされる「嘘も方便」の底知れぬ力、心地よい魔力に教えられるのです。63歳のこの男性の人となりにもやられてしまいます。いいものを読ませてもらったなと感動至極な朝でした。両親を既に亡くした私ですが…。

※画像は、クリエイターMizu.Hさんの作品「秋想い、朝発つ」(滋賀県 夜明けの風景)をかたじけなくしました。お礼申します。