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旅について

昔話くらいしか書く事が無いのか、情けない…と自分でも嫌になってしまうけど、ふと思い出したことを。

俺は昔から旅が好きだなぁ。
学生の頃、長期休暇を利用してよく東南アジアを旅したものだ。特に、夏休みの1ヶ月をかけて複数の国を一人周遊したのがとてもいい思い出だ。

時代は2000年代、バックパッカーブームも冷めやらぬ頃、大学の授業で海外情勢なんかを少し聞きかじっていた俺も例外ではなくそういう風に当てられて、自分探しだなんだと海外を旅して回ることに少なからず憧れを抱いていた。
金なんて無い貧乏学生だったけど、バイトでこつこつ小銭貯めて60リットルの大型バックパックと、関空から中国を経由してバンコクへ飛ぶ片道航空券を買った。
着いてからの予定、宿泊先や飯屋、交通機関情報まで全部現地調達する。
『地球の歩き方』みたいなガイドブックもたくさん出版されてたみたいだけどそんな物は必要ないんだ、俺は俺にしか経験出来ない旅にするんだと青臭く息巻いていた。
当時はようやく初期のスマホが普及したくらいの時代なのでインターネットさえあればまあ何処にでも行けるしなんでも出来たが、それにしても今思うと本当に若さと馬鹿さだけで命知らずなことしてたなと思う。

期末試験を終えるとすぐに荷物をまとめて空港へ向かった。期待と緊張と、それでいて冴え渡った頭で関空を経った。
世界中のバックパッカーが集うというバンコクのカオサン通りにまず立ち寄り、旅の基点としつつ情報を集めるところから始めた。
トコジラミに噛まれながら安宿で予定立てたり観光案内所回ったり、クラブで朝まで馬鹿騒ぎしたり汚い路地裏の屋台で食う50円のラーメンが何故か身体に沁みたり。
タイ南部のパタヤビーチから小一時間船に揺られて離島に渡り、無免許で中型バイクを乗り回したり、北部の街チェンマイでは山奥で象の調教キャンプに宿泊して、手綱も無しに象の背に乗って川で水浴びをしたりもした。
その後立ち寄ったラオスでは市場で叩き売りされていたボロボロのナイロンギターを買って、公園でポロロンと爪弾いていたら子ども達が寄ってきて好奇の目を一手に集めた。
カンボジアではアンコールワットの向こうに夕日が沈むのを眺めたり、人骨が足元に眠る強制収容所跡地に行って虐殺の歴史を学んだり、シアヌークビルという海沿いの街で嵐の中海水浴をして溺れかけたりなんかもした。
ベトナムには南部のホーチミンから入国し、長距離バスを乗り継ぎ北へと向かった。早朝のホイアンで食ったバインミーが忘れられないくらい美味かったり、フエでバイクタクシーのジジイに絡まれて美人局みたいなことに巻き込まれそうになったり、ハノイで仲良くなった露天商が振舞ってくれた生春巻きで盛大に食中毒になったり、スラム街のジジイが勧めてくれたボングで何かの煙を一吸いして信じられないほどむせた。
そんな事してたら一月なんてのはあっという間に過ぎるもので、ハノイから飛行機でバンコクへと戻り、数日ゆっくりと観光したのち帰路へ着いた。

英語さえまともに喋れなかった当時の俺が旅先で知り合う人といえば、似た様な旅をしている日本人だったり、クラブでただ一緒に踊っただけの西欧人だったり、好奇心だけは旺盛な現地の若者だったりとそんなところだ。今ではその誰もどこで何をしているのかすら知らない。
それでも尻の青い当時の俺にとって、知らない土地で知らない人と出会い過ごし別れ、また次の知らない場所で知らない誰かと出会って新しいストーリーを紡ぐという経験がもたらした感情はとても多く大きく、簡単に咀嚼出来るものではなかったし、日本へと帰る飛行機の中では胸が熱くなってなかなか寝付けなかった。
ふざけて遊んだ浜辺、寝苦しい夜行バス、仔象と戯れた昼下り、別の女子大生バックパッカーにときめいたり、どれもこれも本当に他愛のないことで、それでいて愛おしい思い出だ。

到着ゲートまで迎えに来てくれた母親と共に一歩空港の外へ出ると、既に秋の匂いが漂っていたのを覚えている。特になんてことのない夏が終わった。

カンボジアのホテルから見た風景


旅なんてのは所詮ただの現実逃避、バカンス、豪遊だ。たとえそれが貧乏一人旅だとしてもだ。
もちろんいろんな経験値を得た体験だったし愛おしい思い出だし、俺の人格形成の一端を担ったのかもしれないが、少なくとも俺にとっては自分探しだなんて耳触りの良いペラい建前なびかせてその実一人センチメンタルとメランコリーに酔っただけの娯楽だったと言える。
むしろ、だからやめられないんだよ。
ジャンキーな娯楽だ。

なんだかまたどこかへ一人出掛けたい気分だなぁ。出かけようかなぁ。予定も立てずに。

自分の居場所は自分で作れる様にならないとと思ってしばらく頑張ってみたけど、その挙げ句今まで地に足の付いた暮らしなんてできた試しがないのだから、もういっそ何処で何しようが同じことだろう。どっかで決定的にしくじってしまった人生なんだから。いっそ残りの生くらい好きにやってもいいではないか。

そうもいかんか。?


P.S.
写真はバスの車窓から撮影した、宇宙人が作ったやつ。
建造方法や目的など未だ多くが謎に包まれているが、あれは宇宙人が作ったものだと俺は確信している。何故なら俺は都市伝説とか陰謀論とか好きだから。
かなり遠方からなんとか最大ズームで撮影したけど、見てわかる通り宇宙人が作った感が半端ない。
知らんけど。

宇宙人が作ったやつ

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