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記憶の中の人々

〝唯一の男〟

葉山は大学の同じ学科の同級生以外で唯一の友人に近い関係性を築けた男であった。
私は建築や都市計画系の学科であったが彼はデザイン学科だった。
色彩工学の講義でのグループ活動で同じ班になったことで交流を持つことになったが、元来二人ともコミュニケーションに積極性を持つ類いの人間ではなかった為に、最初の印象はお互いに薄かった。
そのことを後に語り合った事があるが、班のリーダーになった矢鱈と仕切りたがりの女の働きによって距離が縮まったことを思い出した。
その女はひとつ上の学年らしかったが、六人グループの中に男が私と葉山の二人だけだった為、何かとセットにして動かしたがった。
無論、我々も女性と気軽にやりとりが出来るわけがなかったので、必然的によく二人で行動を共にすることになったのだ。

彼は博識であった。
少なくとも田舎から上京してきた純朴無知な私が安易に憧れうる全ての物事について私より見識が広く深かった。
音楽、映画、絵画に加えて建築すら私より詳しかった。
いつも私にはよく分からないヴィンテージなカメラを持ち歩いていたが、肩から下げてはいなかったのが好印象だった。
そしてまた私にはよく分からなかったが洗濯物の多い路地裏や錆びた看板、人家の苔むした石塀などをふいにパシャリとやるのだった。
気になる被写体に出会す度に黄ばんだ白のキャンバス生地のショルダーバッグからカメラを取り出してはまた仕舞う。
今思えばその無駄に人間性が集約されていたかも知れない。
彼が熱心にカメラを構えるのだから、そこにはきっと何か、例えば世間には語られないニッチで通な趣があるに違いないと思いながらいつも後ろから眺めていた。
出来ることなら彼の見出す魅力を理解したいものだったがそうはいかないので、たまにはそんな写真を撮る彼を携帯電話のちゃちなカメラで撮ったものである。

ある日、自然界の色について学ぶ為に屋外で講義を受ける機会があった。
大学の敷地内を巡って木々や植物、飛んでくる野鳥だったり、池の亀や鯉の色合いについて教授が熱心に語っている中、葉山が私に向かって少しエスケイプしないか?と小声で呼びかけてきた。
私は思わず、えっ、とみっともなく驚いてしまった。
当時まだ生真面目な性質を残していた私は講義を抜け出すことに抵抗があったが、それよりも唐突に訪れたエスケイプという甘美な響きとその魔力に負けてしまい、誘いに乗ることにした。
こっそり抜け出そうとするところを例のリーダーに目ざとく見つかり、どこへ行くの?ちょっと、と呼び止められたが、最早留まるつもりも更々なく、振り返ることなく集団から離脱したが、学徒達はざわめいていたのだった。

どこへ行くのか尋ねると、煙草を切らしていたから買いに行くと言う。
大勢でちまちまと練り歩いているのにどうにも嫌気が差したらしい。
根本的に群れることが苦手な男だということをこの時に知った。
大学を出て最寄りのコンビニに赴き、葉山はショートホープを買った。
私はまだ切らしていなかったが、折角なので一箱買っておいた。
店の外ですぐ火を付け二人で吸い始めたが、やがて葉山が、亀の甲羅の色がどうだとか誰がどんな顔して話してるのかと思うと馬鹿馬鹿しくて笑うよなぁと煙と煙の隙間に呟くので、私も笑って学問は変人の悪趣味だからあれが本質だと言って彼を笑わせた。
私のよりも短い彼のそれが尽きかかる既の所で、このままふけて飯でも行かないかと思いがけない提案を持ちかけられた。
私はまだ後に一コマ講義が残っていたが、最早今日という一日そのものがエスケイプ色に染まっていた私は、快く承諾した。

大学を出てコンビニからも程近い中華料理店に入った。
大味だが量も多めで値段の安い、いかにも学生街の飲食店である。
カウンター脇に申し訳程度に用意された小さなテーブル席に腰を下ろし、とりあえずビールを頼むと、私はおしぼりで憚らず顔までゴシゴシやった。
夏も近付く夕暮れ前のこの時間は若い男を汗ばませるのには十分で、私を見た葉山はにやつきながら後を追った。
気持ちいいな、と彼は言い、また、俺一人ではやる勇気はなかった、君は面白いなとからかってきた。
この店にそんなの気にする奴はいやしないだろう、だからいいのだ、洒落た店で女性と同席でもするなら俺だってやりゃあしないと得意気に言い返した。
やりとりするうちにビールとお通しが届き、おしぼりの件の後であったこともあってまぁまぁまぁ、と目一杯おじさん振って彼にお酌をしてやった。
俺は泡をいい塩梅に立てるのが得意なんだ、ほら、どうだい?ほう、道理で黄金比だ、いや、俺も上手いぜ、注いでやろう。
お互い殆ど泡のないビールで笑顔でグラスを鳴らした。
葉山と俺のエスケイプ記念に、と言葉を添えかけたが流石に気持ちが悪かろうとすぐにビールで押し込めた。
ぐびっとやって、葉山が初めて一緒に呑むね、飯だけのつもりだったけど、そうはいかないよなぁと微笑んでいた、こうして講義を抜け出して世間様より一足先にお酒を頂戴するのが大学生の本分ですよ、葉山君、と私はまた得意気に言って聞かせた。
彼はとても嬉しそうに笑うのだった。

思いの外、葉山と同じ講義を受講することは以後なかったが、それでも同じ学部なので時々は鉢合わせることがあり、どちらからともなく誘っては呑みに行くようになる。
いつも何気ない話をした。
途切れることはなかった。
彼は淡々と語り、私は努めて陽気に、時に熱っぽく話した。
葉山は流行歌は程々に、クラシックやジャズが好きだった。
映画は話題のものから単館のものまでかなりの数を観に行っているようだった。
絵画ならモネが一番好きだと言っていたが、これは一度一緒に展覧会に行ったことがあった。
睡蓮を前にする彼の眼差しは恍惚としているように見えたし怒りに震えているようにも見えた。
共に過ごして感じたのは兎に角繊細な男だということだった。
大分打ち解けてきた頃、あの日の種明かしをしてくれたことがある。
エスケイプの日のことだ。
私が察した通り、まず彼は集団に属するのが苦手だと告白した。
どうしても他人の目が気になってしまうのだ、それは、最早恐怖なのだ、と、やはり淡々と話してくれた。
皆が教授の板書に向かっている講義室なら慣れてもいるが、あの日表に飛び出してしまった好奇な目を持つ若者の集団の中にいて、動悸すら感じたのだという。
俺を誘ったのは保険だったらしい。
誰にも気付かれず抜け出すつもりではあったが、万が一バレた時に、一人であるよりも他に誰かいた方が後に色々と言い訳も利くし、注がれる眼差しも半分で済むと踏んだからだそうだ。
利用してしまって本当にすまない、そう何度も謝罪された。
そして、そんなスケイプゴートに私を選んだのは、他の誰より君に好意があったからで、理解してくれるし許してもくれるだろうと思ったからだとも念を押された。
私は、じゃあ俺は思惑通り役に立ったか、許しているように見えるか、と少し意地悪に言ってみせたが、彼が真に受けて余りにどぎまぎしているからいじらしく思えてきて、冗談だよ、俺もああいうのは得意ではないから助かったくらいのもんだよ、と今度は戯けて言ってみせると漸く安堵したようだった。
ここまで人目を気にする性質になったのには理由があるらしかったが、そこから先は彼は話そうとしなかったし、私も突っ込んで聞くべきことではないだろうと心得た。
結局はリーダーに見つかり呼び止められてしまい、注目を浴びることになった為に、彼女を恨んでいると溢していた。
ついでにもうひとつ彼が白状したのは、おしぼりで顔を拭ったことについてであった。
実は彼はそれまで一度もあんな行為に及んだことはないのだという。 
あれに限ってはそもそもおしぼりで顔を拭くという概念が彼の中に存在していなかったらしいが、持ち前の性格で瞬時に周囲の視線を意識したようだ。
それでも、その時は勢いで私の真似をしたのだが、あまりの気持ち良さと解放感に驚いたと言っていた。
心理学でいうところのミラーリングというやつではなかろうか、そう思うと内心嬉しかった。
私の方が一方的に彼に憧れを持っている気がしていたが、彼も少なからず私の何かしらに惹かれていることは、この日を境により顕著になっていくのだった。

関係性に少し変化が起きたのは我々が所属する研究室の選択を迫られた頃だった。
葉山からいつにないかしこまった誘いのメールが届いたのだが、忙しさに滅法弱い私は断ってしまっていた。
一ヶ月が過ぎ、漸く余裕が出来た私が今度は葉山を誘って例の中華料理店で呑む約束をした。
店に入ると彼はもうテーブルに着いていて、少し久しぶりに見るその顔は明らかに不穏な雰囲気である。
待たせたね、そう言って席に着いたが、彼はおう、と言ったきりメニューを眺めて口を噤んでしまった。
私の方も何となく決まりが悪くなってしまい、彼の持つメニューを裏から眺めていた。
こんなに気まずい空気は講義で同じグループになった当初以来で、少し焦ったのを記憶している。
少し強引だったが、どうした、元気少ないな、前は都合付かなくてごめんよ、何か話があったのかな?と本題をぶつけてしまった。
とりあえずビールと焼豚盛でいいか?と彼は店員を呼び付けオーダーをし、その後再び少しの沈黙を私によこした。
それは心構えを催促するものだと分かった。
かをりさんと交際しているんだ、と葉山は言った。
かをりとはあのリーダーのことである。
理解に及ばなかった。
彼は彼女を恨んでいた筈であった。
どうして?そう言葉を発した瞬間、私は間抜けな道化と化した。
まずは素直に一言祝ってやるべきだったのだ。
しかしこの道化は友人の人生上の華やかな一幕を、その事実をついぞ知らなかったのである。
このわずかの時間で友情すら疑わしく感じられてしまったが、彼は堰を切ったように事の顛末を語りはじめた。
かの講義を私が休んだ日があった。
その日にかをりから提案され講義後にグループ全員でお茶をしたのだと言う。
単位取得に関わる成果物の、その提出の為の話し合いだからと言われて断れなかったらしい。
そこからふたりの恋物語が始まっているのだが、そもそも私が偶々そこにいなかったが為に話し辛かったのだそうだ。
(全く彼のこの繊細で無用な思慮の深さと気遣いは見上げたものである。彼を取り巻く全方位にそれを発揮していたらさぞ生き辛かろう)
そのお茶会で彼女に気に入られてしまい、講義最終日、つまり試験の終わった後に交際を申し込まれたのだと言うのだ。
しかし当然、彼は断った。
だが彼女の情熱は止まることを知らず、その後も度重なるアプローチがあり迷惑したらしい。
そして、葉山から私に誘いのメールが来ていたその前日、かをりから電話があり、そこでこう言われたという。
私はあなたのことを諦められません、体裁が邪魔をするのなら彼女でも友達でもなくっていい、ただあなたとK(私のことである)のように時間を共に過ごせる仲になりたい、それが出来ないこれまでの日々は死ぬる思いです、ですから、どうか明日、あの喫茶店でまた会えないでしょうか…
何という言葉の強さか。
女の魔性というものを映画や小説以外でこんなにも恐ろしく寒々しく思ったのは初めてだった。
私も同じ事を言われたら、例え憎き相手であろうとも心が揺さ振られてしまうであろうことは想像するに容易かった。
葉山はその言葉に初めは感銘を受けたように顔を熱らせ、ややもすると愛の定義にすら思考が及んだが、こちらの迷惑を顧ないわがままと、私との付き合いを引き合いに出す狡猾さに半ば辟易し、煩悶の夜を明かしきり、終いにはやはりこれだけの告白を受けたならば誠意を尽くさねばならないことだけは確かであろうと思い至り、しかしその形を決めあぐねて私に相談すべく誘いのメールを送ったのだった。
私はその文面に只ならぬ雰囲気を感じたのにも関わらず、それ以上考える事なく、忙殺される我が身のみを闇雲に労っていたあの時の自分を酷く薄情に、また低能に感じ情けなく思った。
私から断られた彼は、自分の甘えが見透かされた上での当然の結果だと思ったらしく、意を決して待ち合わせに臨んだのだと言う。
そこでも彼女の電話での告白と類を同じくする強き言葉達と、悲痛にして哀切なる表情に翻弄され幻惑され、根が心優しきこの男はどうしても情が先立って、ついには交際の申し込みを受け入れたのである。
ここまで語った葉山は私の苦々しい顔を改めてじっと見詰めて、黙っていてすまない、こんなことを人に相談するのも情けなく恥ずかしく感じて、長い間なかなか言い出せなかった、と切なる面持ちで、それを見て、申し訳なかったのはこっちだ、俺はお前の一大事のときに力になってやろうともしなかった薄情者だ、俺の方こそ情けないと思っている、ごめんな、ごめん、と幾度と謝った。
互いに少し目頭が熱くなり、そこからは和やかに話が進んだ。
こういう時、酒は本当に良い仕事をすると感心する。
煙草にしてもそうかも知れない。
結局、今はやはり彼女のその強大な思いと一方的な逢瀬の運びに頭を悩ませているのだと言う。
言葉の選び方に葉山なりの最大限で彼女に歩み寄ろうとしている事が窺えたし、まだ若く激しいだけの愛情に対し感謝をしているのも明白であった。
そして、本当に心から悩み、苦しんでいることもまた疑いようがなかった。
男女の事情に気の利いた進言など出来る筈もない私は、自分の心に正直に生きる他ないのだろう、自分こそを一番大事にする事が、結局は人様を大事にすることに繋がるだろうから、と、受売りの煮凝りのような言葉しか言ってあげることが出来なかった。
それでも彼はありがとうとにこやかに笑い、兎に角話を聞く事だけなら出来るから、また呑もう、そう付け足してこの日は別れた。
しかしながら、葉山と私はこの後益々疎遠になって行く。

葉山は優秀だった。
私が卒業研究に四苦八苦している頃、彼はとうにそれは終わらせてしまい、別の件で教授と海外に勉強に行ったりしていた。
日本に居てもかをりの束縛が凄まじく会うことは殆どなかった。
それでも隙を見つけてお土産を届けてくれたりした。
見る度にやつれていく葉山だったが、何につけても詳しく話を聞く時間は彼にも私にもなかった。
四回生も半ば、早くも葉山の事実上の大学院行き決定の噂が私の耳にまで届いた丁度その頃、事件は起きた。

K君はいますか、と慌しく険の強い声が私の研究室に響いた。
かをりだ。
最早忘れる事の出来ない声である。
研究室の輩は浮いた話のなかった私の色恋沙汰の、しかも修羅場が展開されるのではないかと、嬉々とした眼差しをある者は私に、ある者はかをりに向けていた。
彼女は葉山と付き合ってはいるが私と三人で連れ立ったことは一度もなかった。
私と彼女と二人で会うことなど無論なかったので、これは只事ではないとすぐに察した。
恐る恐る、敢えて少し待たせるかたちで出て行くと、私は唖然とした。
かをりの顔は涙と鼻水とでぐちゃぐちゃで、修羅場が期待されても仕方のない形相であった。
葉山君がいなくなった、連絡も取れない、K君は何か聞いてない?連絡来たりしていない?そう捲し立てるように、吊し上げられるように鋭い語気で問い詰められた。
私は一瞬にして彼の色々を想像した。
最近は連絡を取っていない。
最後に会った時のあの憂いを帯びた蒼白い顔から、彼が平気ではないことは確かだったし、将来を案じて溢していたほんの二、三の愚痴は、その奥に計り知れない数の憂慮をちらつかせるものであった。
ごめん、何も知らないんだ、そうかをりに落ち着いて言い返すと、彼女は、そう、失礼しました、と力なく答えてあっさりと行ってしまった。
ほんの数分で終わったあまりにも淡白な劇にオーディエンスは落胆し、後を追ったら?呼び戻しなよ?と囃立てる者までいた。
無責任な観客のカーテンコールに応える義理もその気もない私は、かをり見送りそのまま煙草を吸いに出たのであった。

やがて私は卒業を迎えた。
その後、葉山からは音沙汰もない。
姿を見せず、退学届も提出されていないと彼の所属する研究室の教授から聞いた。
かをりのことについても、自身の研究やその分野の展望、所謂将来についても彼が苦しんでいたのは事実であったが、今となっては何が彼を追い詰めたのか知る由もない。
確かに彼がその手に握っていた、仕合わせを射抜くための希望の矢はあまりに短過ぎて、番えても番えても引絞ることすらままならずに地面に転げ落ちた。
あの日、エスケイプ記念に乾杯をした瞬間から、葉山との確かな関係が始まった筈だった。
しかし、現実はこうもあっけなく友情が一方的に断絶されたのである。
彼にとって私も、転げ落ちた無数の、その短い矢の中の一本に過ぎなかったのだろうか。

ノスタルジィに惹かれるのだといつか彼は言った。
お気に入りのヴィンテージカメラでそのノスタルジィをフィルムに焼き付けるために、逐一バッグから取り出し、また傷付けないように丁寧に、けれども不器用にあくせくと、まごまごと、やっとの思いでバッグの中に仕舞う。
彼には上手く仕舞えないものが多過ぎた。
その気持ちを、その思いを、私のような雑な作りの人間ならば、見ない振りをして心の隅に仕舞ってしまうのに、彼は涙しながら、嗚咽しながら、いつか思い出すであろうその時には美しい思い出になっているよう、丁寧に包装してリボンまでかけて、引き出しの奥に仕舞おうとするのだ。
でも彼には出来ない。
ラッピングの仕方を誰にも教わっていなかったし、そんな取り繕い方を教わる事それ自体が彼の美意識に反していたからだ。
あの憂愁とした魅力と才能が、繊細が故のもので、延いてはその繊細な性質が故にあのような苦悶の中、日の目を見ずに散り行くのならば、厚顔無恥で愚鈍な我々の方が遥かに仕合わせな人生を送ってしまうという事実を、彼が彼らしい皮肉たっぷりに教えてくれたかのように思えてならない。
今、何処で何をしているだろうか。
もしも再会して、彼が未だ仕合わせに辿り着いていないならば、この哀しき真理にも似た矛盾を私は愛することが出来るかも知れない。
そしてずたぼろの彼のその尊さに堪え兼ねて抱きしめてしまうに違いないのだ。

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