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飴色玉ねぎ

明日は付き合って1ヶ月ちょいの彼氏が家に来る日だ。
彼は1つ上の社会人で、毎週金曜日にあたしの家に来て一緒にご飯を食べて、お酒を飲み、次の日はデートに連れてってくれる。優しくて穏やかで、安心って言葉を具現化したような人だ。
彼が何でも「美味しい」って言ってくれるから、あたしは毎週ちゃんと料理を作って彼を出迎える。

ということで、あたしは今、彼がリクエストしたハンバーグの種を作っているところ。
ちょっといいお肉、レシピ通りに加えるパン粉と卵と塩コショウ。ナツメグなんてものはうちには無いが。
玉ねぎをみじん切りにしてバターで中火で炒めていく。

  飴色玉ねぎを作ると必ず、料理好きで食にこだわりが強くて、少しお節介だった元カレのことを思い出す。

バターが溶けたら水を少々入れて、水が蒸発したら弱火にする。

  玉ねぎを強火で一気に炒めることしか出来なかったあたしに、少しイライラしながら
「もう、本当に雑だね、こういうのは弱火でじっくりやるんだよ」
あの時はそんな細かいことやってられるか!って全然聞く耳を持てなかったけど、確かに彼の言うとおりに作った方が上手く出来てる気がする。

玉ねぎが焦げないように弱火でじっくり。ヘラでかき混ぜながら炒めていく。

いつのことだったか思い出せないけど、こんな晩御飯があった。
今晩、一緒にご飯食べよう。と誘われ彼の家にお腹を空かせて向うと、ニンジンとタマネギと、たくさんの野菜をみじん切りにしている最中だった。
何を作ってるの?とあたしが聞くと、鶏肉のワイン煮込み…だった気がする。なんかもっと難しい料理名だったかもしれないが、とにかくあたしは食べたことのない料理だった。
キレイに形が揃った小さな野菜たちは鶏肉を茹でるための出汁をとるためのもので、それらをひと煮立ちさせてから鶏肉を入れて、しばらくグツグツ。

料理好きな彼がキッチンに立っているのを、そばで座って見てるのが好きだった。
あの小さな部屋の決して設備が整ってるとは言えないあのキッチンで、彼が作ってくれる料理はどれも本当に美味しくて大好きだった。

鶏肉のワイン煮込みは結局、あたしが来てから2時間経ってようやく食卓に並べられた。ぶどう色に染まった鶏肉の味は今はあんまり覚えてないけれど、唐揚げにした方が美味しいし早かったんじゃないのーなんて思いながら、「美味しいね」って食べていた。

今まで、時間をかけて丁寧に、出汁に使うための野菜をみじん切りにしていた彼のことを全く理解出来なかったけど、

この料理を食べてくれる、大好きな人を想って料理をすると、「美味しい」の一言のために一つ一つの過程が丁寧になるし、ゆっくり時間をかけて、それこそ愛情を込めて作りたくなる。

彼もきっとこんな気持ちだったのかなぁ。

あの鶏肉のワイン煮込みを食べた時はそんなこと全然分からなくて。ずっと2人で過ごしていたあの生活が終わって、何ヶ月も経ってからやっと分かった。なんだか泣きそうになってしまった。
今でもたまに、彼のご飯が食べたくなる。彼から教えて貰ったレシピを作ってみても何か違う気がするし、あの食卓が懐かしい。

玉ねぎが飴色になったら、冷水で濡らした布巾にフライパンを乗せて少し冷ます。

2人で食べた料理の数だけ、愛情があったのに、あたしはそれに最後まで気付かなかった。

たくさん喧嘩して、さんざん話し合って結局別れてしまったけど。「いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう。幸せだったよ」って、ちゃんと伝えれば良かったなぁ。


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