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私が素の自分を取り戻す場所【八重山諸島】

幼少期、私は海のないエリアで育った。
両親もどちらかといえば海よりも山派。
そのため、家族での旅行先は山や温泉地が多かったように記憶している。

しかし、大人になって自分の意思で旅するようになってから、私はきれいな海を求めて旅することが増えた。

幼少期の反動なのか、わからない。

海にはさまざまなマリンアクティビティもあるが、私はそういうのを楽しむよりも、ただただ海辺にそっと腰掛けて自分だけの時間を過ごすのが好き。

贅沢で心落ち着く最高の過ごし方だ。



先日、大好きなエリアのひとつ、八重山諸島にお出かけした。

小浜島・細崎(くばざき)海岸
竹富島・コンドイ浜


八重山諸島の中で、今回は、小浜島・竹富島を中心にのんびりと過ごした。

海辺にタオルを敷いて、波の音に耳を傾けて、潮風に心を委ねる。

たったそれだけのことだけど、心が落ち着き、癒され、日常のいざこざや小さな衝突などどうでもよくなる。

それと同時に、日頃少し無理をしている「着飾った自分」を手放し、「素の自分」を取り戻すような感覚がある。

海辺で過ごす時間は、着飾る必要がない。

いつも気に入って身につけるファッションアイテムやジュエリーも、このときはあえてしない。
メイクもしない。

自分を良く見せるための武装は一切せず、素の自分で過ごす。

日常では、そんな素の自分をさらけ出すのは恥なのに、海辺で素の自分と向き合うときは解放感しかない。

どこまでも広がる空や海が、すべて丸ごと受け入れてくれるような安心感。

自然に抱かれて過ごすような気持ちよさ。

私自身の至らないところ、嫌いなところなど、全て許せてしまうような、穏やかで受容力のある心を取り戻すことができる。

不思議だ。そして、自然の力はすごい。

**

素の自分を取り戻すたびに気づく。

日々、いつの間にか厄介な重荷を少しずつ背負ってしまっていること。
その重荷に耐えようと、必死に踏ん張っていること。
また、経験から得た鈍感力をもって、そのような状況に「ストレス」というラベルを貼らず、問題なさそうに取り繕っていること。

本当の私はそんなに強くない。
見ないふりしていても、いつかきっと、綻びが出るだろう。

海辺で過ごす時間の中で、日々積み上げてしまった重荷をおろし、すっからかんの身軽になることで、背負っていたものがどれだけ重く苦痛だったのか思い知る。

「重荷を背負う強さやさたくましさよりも、
自分や周りを労わる優しさを持ち合わせて
日々を過ごそう」

海辺を去ろうと立ち上がった瞬間、潮風がそっと私の頬を撫でたからか、
自然と優しい気持ちになってそんなことを思った。

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