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「自国通貨建だから財政破綻はしない」 は本当か? -「資金繰り」の観点から見た ”パラドックス(矛盾)”

 「日本経済について全体として底を打って回復しつつある」

 7.15日銀政策決定会合後の黒田総裁のコメントである。「あれっ?」「損切丸」には大きな変節に見えた。なにしろ今までは:

 「必要があれば躊躇なく金融緩和を断行する」

 「金融緩和の方法はいくらでもある」

と強気一辺倒だった黒田総裁が、である。筆者には「これ以上金融緩和は必要ない」という風に聞こえた。何しろ賢い方なので「裏」があるのだろう。

 「日銀の資金繰り」を追っている身としては手前味噌で恐縮だが、やはり「お金が足りない」ことが主因だと感じる。特に*量的な緩和については既に限界に達しているのは、日銀の幹部クラスなら認識しているはずだ。

 *マイナス金利を深掘りする、という方法は残っている。だがこれは「金融緩和」というよりは「預金税」の増税だ。危機対応の貸出でそれでなくとも不良債権が増加するかもしれない銀行の収益を更に圧迫することになる。プラス・マイナスを差し引けば、景気には負の影響しかない。

 もう一度直近(7.10)の「日銀の資金繰り」1年前と比較してみよう。

日銀バランスシート @10 Jul 2020(2019.6比)

 昨年6月末比でバランスシートは+81.3兆円も増加しており、やはり年間+40兆円の国債の増加が重くのしかかってきている

 何かと株式市場で取り沙汰されているETFの買入だが、実は金額的には+11.2兆円しか増えていない。将来の売却とそれが株式市場にもたらす負の影響を考慮すれば、使える「お金」が限られる今、ガンガン買っていける状況にはない**これでは「54,000円」は無理(苦笑)。

 **2019.12.27(仮説)日経平均が54,000円に? で政府・日銀による「株買占め効果」を試算しているが、「224兆円」を買占めた上での話。今の購入ペースでは実現不可能だし、回せるお金もない。

 一方の「お金」の入ってくる方=負債だが、これがまた心許ない。主要な原資である「当座預金」「日銀券」で+44.4兆円「調達」しているが、これは「コロナ危機」対応で一時的にみんなが「お金」を貯め込んでいるため今後は使われて減っていく可能性が高い。今年の3月の実績  e.g. @3.20当座預金339.6兆円を考えれば***「お金」は全然足りない。

 ***昨年にはなかった「国債売現先」=マーケットからの資金吸収オペが今年3月から登場しているのがその兆候。まだ少額だから良いが、金額が大きくなると特に円資金・金利市場への金利上昇インパクトが懸念される。

 こういう事を書くと(現政府に近い)著名な経済学の先生やアナリストの方々から「日本の財政破綻なんてあり得ない」「財政破綻説の流布は財務省の陰謀」などとお叱りを受けそうだが、彼らの論拠になっている2点についてここで指摘しておきたい。

 1.対外資産

対外純資産(詳細)

 確かに日本の対外資産は1,018兆円(平成30年末)もあり世界一。しかし「資金繰り」の観点からはあまり使えない

 まずは450兆円もの「証券投資」。これは本邦金融機関による外債投資が主だが、もともとは円金利が低すぎるが故に、多くは為替スワップによる「円投」という手法でドル債などに投資されている。逆説的だが円金利が上昇しない限りこの分は円には戻らないCLO(担保付債務証券)等の高利回り債が含まれていることを考えると、日本に戻すには最低+1%以上の利鞘が必要だ。つまり現状低金利の円の資金繰りには使えない

 次に182兆円の「直接投資」企業買収(M&A)や工場等の設備投資で企業が海外に長期的に投資したお金。日本に戻すには+1%どころか、より高いリターンが必要になるだろう。

 そして140兆円の「外貨準備」。以前にも解説したが、円売介入の際、国内市場でFB(Financial Bill、政府短期証券)を発行しており、為替市場で円を買い戻せばFBの償還に当てられるだけ。これも円の資金繰りには使えない。おまけに「円高」という副作用がつきまとう。

外国為替特別会計バランスシート@2019・3

 2.MMT理論(現代貨幣理論) 

 「自国通貨建ての債務で国家が破綻することはない」

 この主張は間違いとは言わない。ではアルゼンチンやベネズエラはどうして自国通貨建の国債をどんどん出さなかったのか。考えれば簡単な事である。「お金」を出す人がいなかったからだ。

 MMT日本やアメリカの財政拡大政策を是認するために創り出された理論。アメリカに関しては、確かにドルは主要通貨なので需要が強く「お金」を出す人は相当いる。そういう意味で「ドルの資金繰り」に不安はそれほどないのかもしれない。

 では「日本円」はどうか。立派な国際通貨なので需要はそこそこあるとは思うが、今の低金利で海外から「お金」を集めるのは困難だ。国内の原資=1,000兆円を超える預貯金を使い果たせば、金利はドル以上になるのが筋だろう。今はその縁に立っていると筆者は見ている。

 国内で調達する手段がないわけではない。ウルトラCだが「お金」をばらまくこと。給付金方式なら国民1人当たり1,000万円ばらまけばあっという間に1,000兆円調達できる。しかし****需要もないのに「お金」だけばらまけば当然貨幣価値は下がる=インフレだ。今持っている預貯金の価値が暴落すれば破綻するのは「国家財政」ではなく「家計」ということになる。

 ****MMTには「インフレにならないことを前提に」という但し書きがあるそうだが、これはパラドックス(矛盾)だ。その臨界点は誰にもわからない。「資金繰り」の観点からは論を為しておらず無責任ですらある。誤解を避けるために書いておくが、筆者は財務省の「財政健全化至上主義」の擁護者では決してない。念のため(苦笑)。

 いずれにしろ最初にサインを発するのは「金利市場」だろう。特にこれまで10数年「死んでいた円金利市場」はそれだけ「歪み」も貯まっている。動かないと思っていたドル円が突然5~10円動いたりするが、ボラティリティー(市場変動率)が長期的に下がっている市場は要注意だ。

 「コロナ危機」が「新しい生活」をもたらしたように「新しいマーケット」が始まるのかも知れない不気味に上がり続ける株式市場はその号砲か。巷にはSNS等(含. note 。「損切丸」は 極力”事実” ベース)いろいろな言説が流布しているのでくれぐれも惑わされませんように。


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