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マネーマーケットの「鯨」。

 日本では「シルバーウィーク」真っ只中、京都や軽井沢など観光地で人手が爆発的に増えた、などと言っている内に海外市場では異変が起こっているようだ。NYダウは一時的に▼900ドル下げたようだし、実はドイツDAX指数(▼4.3%)英FT指数(▼3.4%)の下げがきつい。

主要株価 21 Sep 20

 メディアでは株価下落の主因は「コロナ感染拡大」だそうだが、それだけではないだろう。米国ではオプションの波乱もあったようだが、ヨーロッパも下がるとなるともっとマクロな要因。「損切丸」は「日本」が一定程度関係していると見ている。

 大手邦銀から英国銀行の東京支店へ「都落ち」した筆者は、当初外資にとって極東の支店などあまり重要ではないのだろう、と思い込んでいた。もともとドルやマルクなど外貨を担当していたので「日本円担当」など気が進まなかったのだが、それは大きな勘違いだった

 日本はマネーマーケットの「鯨」である

 例えば銀行間市場で資金取引をする際、ドルやマルクなら@50本(1本=100万、ドル50本なら50億円程度)が普通で@100本を超えるような取引は成立しにくいが、円だと@100億円が普通。場合によっては一発で@500億円とか@1,000億円の取引が成立したりする

 長期資金の調達でサムライ債(非居住者による円建て債券)発行も担当していたが、3~7年債で1,000億円を超える発行もあった。こと「量」に関しては欧米の市場を凌駕する規模であり、まさに「鯨」といっていい。

 これが2012年12月に安倍政権が誕生してからどうなっていったか。みなさんご存知の「黒田バズーカ」「異次元緩和」が発動され、銀行から強制的に国債を買い取っていった。結果として銀行は「預金」を押しつけられ「日銀当座預金」が膨れあがっていったのが今の姿だ。

日銀バランスシート @10 Sep 2020

 国内で貸出需要が伸びない中、「お金」を日銀の当座預金に放っておけば金利がゼロないしマイナスで収益をあげることができない。そこで日本の銀行(或いは生保等)に残された選択肢は*「外債投資」。凄まじい勢いで投資を増やしていくことになる。

 *日本の銀行は裸の「為替リスク」はほとんど取らない。よって彼らの「外債投資」為替スワップ(FX FWD)を使って円をドルに替える、いわゆる「ヘッジ付外債」という投資手法になる。外国株の投資も同様にリスクが高いためほとんど行わない。

 その金額たるや400兆円近い。基本的にはドル債を中心に長期債やハイイールド債を買って3か月等の FX FWD で回す金利差を狙ったトレード。逆に言えばこのぐらい巨額の「鞘抜き」をしないと決算が成り立たなかった

外債保有残高

 さて問題はこの巨額の日本円がドルに替わって渡された先の資金フロー。外債を売ってドルを手にした投資家は、まず債券市場には戻らない。ドル債の金利が低すぎるからだ。アメリカでは利回り@4%ぐらいでは特に魅力的ではないので、結果その大半が株に向かった。つまり**ここ数年の米株上昇のベースは日本人が作ったといっても過言ではない。

 **この3~4月のFRBによる「超金融緩和措置」を思い出してみよう。ジャンク債まで買い取って100兆円規模の資金供給を行ったが、既に日本の銀行がこれを大きく上回る「資金供給」をアメリカ市場に行っていたのである。どおりでNYダウのパフォーマンスが日経平均を上回るはず。

 間接的ではあるが、日本の1,000兆円を超える「預貯金」はアメリカ株に投資され、その利益はほとんど欧米に還元されていたことになる。「鯨」がほそぼそとプランクトンだけで食いつないでいる間に「サメ」や「シャチ」は上等な魚を食べ放題だったというわけ。日本人にとってはなんとも馬鹿げた話だが、これが「アベノミクス」の隠れた真実でもある。

 さてここで問題になるのは「過剰流動性」「損切丸」ではこのところ指摘しているが「鯨」からの供給はほぼ打ち止めになりつつある。日本ほどまとめてお金を供給できる国は他にはない。

 残る選択肢は「ヘリコプター・マネー政策」だが...

 バーナンキ元FRB議長が訪日した際、***日銀幹部に向かって「ケチャップでも何でも買えば良い」と言い放ったのは有名な話だが、この3月にパウエル議長がジャンク債(=ケチャップ)買取り等の対応を余儀なくされたのは皮肉な巡り合わせでもある。

 ***記憶では当時の稲葉大阪支店長。後にバーナンキ氏がFRB議長に就任してリーマンショック後の対応に迫られて苦労した後に謝罪した、というエピソードが残っている。理想と現実はかくも違う。

 「鯨」の選択肢が消えた以上、市場から調達しながら「お金」を供給する「循環温泉式」の金融緩和ではこれ以上の「過剰」は作り出せない。各国政府が本気で「インフレ」を志向するなら、紙幣を刷ってばらまくしかない通貨の量そのものが増えれば物の値段は相対的に上がるのが理。株価が変調をきたす中、この「壮大な経済実験」に踏み出すのか否か。

 「損切丸」としては、引き続き専門だった「金利」を注視していく。台風の目は日本、そしてJGB(日本国債)になるかもしれない

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