2年-10年の米国債金利の逆転現象 - リーマンショック直前の2007年以来の逆イールド?

 折しも大型台風10号が日本を直撃している最中、マーケットにも暴風が吹き荒れている。中国との貿易取引の多いドイツが第2四半期にマイナス成長に陥ったことから、ついに米中関税合戦のダメージが先進国経済にまで波及したとの見方が広がったのだろう。米国の株が崩れたことから、世界の株式市場にも動揺が広がっている。

 特筆すべきなのがアメリカの金利市場についてメディアが大きく取り上げていること。マーケット系のロイターやブルームバーグならいざ知らず、一般紙までも「2007年以来の長短金利逆転現象(逆イールド)」と書き立てていて興味深い。どうも「リーマンショック(2008年)」の再来、ということを言いたいらしいが、当時の現場を実際に経験した資金、金利の担当者の1人として、いくつか客観的な考察を加えてみようと思う。

 まず「2007年以来の」逆イールド現象であるが、これは2年-10年のことを指している。しかし、米国債の金利は、例えば2年-5年では既に逆イールドになっており、金利市場的にはそれほど騒ぐことではない。↓

 昨日の動きは、米株価の急落によってFRBによる0.50%利下げの見通しが再び強まった結果であり、各年限ともほぼフルスライドで低下している印象で2-5年のカーブはほとんど変わっていない。本当に「深刻な」逆イールドなら2-5-10年の順に金利が低くなり、5-10年の金利も大きく逆転するはずである。この段階で2年-10年の金利だけを取り上げて2007年以来などと「煽る記事」に筆者は賛同しない。(騒ぎたい人達がいるのだろう)

 また、世界的な金利、特に実質金利の低下に伴う法定通貨の減価を主張している「損切丸」としては、従来のイールドカーブの解釈は成り立たなくなってきている、という意見だ。極論すれば市場から金利が消えていくプロセスと考えている。イスラム金融ではないが、仮想通貨の流通拡大も予想される将来、富の分配の役割を果たしてきた金利というものの役割は大幅に減じていくのかもしれない。(既にかなり減じてきている)

 また「リーマンショックの再来」という意見についても疑義がある。確かにNYダウで800ドル下落、というのはインパクトはあるし、1年チャート↓を見ると調整局面入りした可能性もある。ただ、5年チャートで見るとまだ買いトレンドは維持されており、25,000ドルを大きく割り込まない限り現時点で「大暴落」とはいえないだろう(もちろん今後その可能性もないとは言わないが...)。そもそも株価自体が相当に高い

 それから大事なことがもう一つ。繰り返し書いているが銀行の資金繰りのことである。確かに昨日も銀行株が下落していることから、リーマンショックを想起する向きがあるのは理解できるが、金利低下によって銀行の収益が減るのは必然であり、破綻を前提にしたような動きではない。

 最近話題のドイツ銀行とみずほ銀行の長期チャートと見てみよう。

 まあ、どちらも買い意欲が萎えるような値動きだが、筆者の勤めていた銀行をはじめ欧州の銀行はどこも同じような感じである。何もドイツ銀行に限ったことではない。これはリーマンショック後の厳格な銀行規制と低金利政策により業績が悪化し続けていることが主因だ。ただ、規制コストによる業績悪化の代償として資金繰りなどの「安全性」は格段に高まっている

 欧米金融界は、バブル崩壊後に金融庁による特別検査など厳しい金融規制とともに沈んでいったの日本の銀行と全く同じ経路を辿っており、今後株価も長期低落傾向は避けられまい。比較としてみずほ銀行を挙げてみたが、2006年には1,000円を超えていた株価が、その後長期に渡って100~200円にはりついたまま。しかし銀行が破綻するわけではない

 過去の名だたる暴落-世界恐慌(1929年)、ブラックマンデー(1987年)、リーマンショック(2008年)- とは状況が全く異なる。「11年周期説」(1997年にはアジア通貨危機)もわからないではないが、少なくとも同じような銀行の資金繰り問題を起点とした金融パニックはないだろう。

 日本に関して言えば、年金機構(GPIF)と日銀が100兆円以上保有しているETFや株を売却するとなれば大事だが、それはまずないそれどころか日銀には既に追加緩和観測が出始めており、ETF購入増額が取りざたされている。何せ中央銀行は民間銀行と違って資金に底がない。MMTよろしく、どんどん輪転機を回すだけである。この流れだと、最終的にインフレで一般庶民にツケが回ってくるのではないか、と依然筆者は懸念している。

 とりあえずドル円も日経も米株急落後の15日は思ったより落ちついた取引だ。日銀による追加緩和観測も下支え要因として働いているのだろう。ネットでは「リーマン級だから消費税撤廃だ!」と、半ば懇願に近い叫びがあふれているが、残念ながら実現しそうにない。今日も郵便局から消費増税による「値上げ」のチラシがポストに入っていたが、時期的にもここまで来て増税を止めるのは難しい。

 ただ、韓国、香港、アルゼンチン、イタリアなど火種は数々ある。経済力あるいは資本不足の国家は一部淘汰されてしまうかもしれない。そういう意味では「アジア通貨危機」(1997年)型の市場の混乱は起きるかもしれないが、世界全体に波及することはないと思う。ただ、アメリカ第一主義に象徴されるように主要国も他国を救済する余力がない。結果、個人同様、国家間でも貧富の差が拡大して二極化していくのではないか。「ベネズエラ型」になれば、弱い国家は通貨安からインフレに苦しめられることになるだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?